GEASS
紅葉饅頭の次くらいには愛してる
お坊ちゃまスザクと執事ルルーシュ。執事育成編。
「さぁ、今日から君の調教をするわけなんだけど……」
「黙れ。人がわざわざ起こしてやったのに開口一番それか。なんなら永遠に眠らせてやってても良かったんだぞ」
昨日のことは俺の記憶から抹消したいことランキングのベスト3には入るだろう。お気楽お坊ちゃまに拾われ、夕飯をご馳走になり(家では食いっぱぐれた)うっかり朝までぐっすり眠ってしまった。
……あぁ、正直に言おう。昨日の深夜のことなんて覚えていない。つまり俺が妙に大きなベッドに見ず知らずの野郎と二人で寝ていた経緯なんて知る由もないということだ。
「起こしたって言うかさ……君は僕を突き落としただけじゃないか。ココ僕のベッドだって言うのに」
「知るか」
俺とさして年齢も変わらないだろうに。随分といいご身分のようだな。俺の部屋にこのベッドを置いてみろ。ベッドだけで部屋が占領されるぞ。
「一応確認するけど、今日から君は僕の執事。OK?」
「………………」
「ちょ、ちょっと待って。なんで無言なの?」
目の前でうろたえる馬鹿はとりあえず放っておくことにする。
まぁ、確かにそんなことがあったような気もしないではない。枢木ゲンブ社長にも会った気がする(二つ返事で了承されたが大丈夫なのかこの家は)
「不服だが仕方あるまい。それで?執事の仕事とは具体的に何をするんだ?」
「……君さ、僕が雇い主だってこと分かってないよね?」
「………………」
ベッドに腰掛け、足を組む俺。
俺の足元に正座で座る枢木スザク(=俺の主人)
「お手」
「ワン」
手を差し伸べると嬉しそうに奴は手を差し出した。中々面白い奴じゃないか。
「しまった。条件反射で!!」
慌てる馬鹿を見て込み上げる笑いを咬み殺す。
……まずい。癖になりそうだ。
「というわけで、枢木財閥の誇る最強メイド篠崎咲世子さんに来て頂きました」
朝食を摂り、一服した後で改めてルルーシュ執事化計画は始まった。
昨日の今日だけれど、彼が執事なんてものに向いていないということはよく分かった。あぁ、肌で感じたさ。
彼は僕を完全に馬鹿にしている。それはもう明白な事実。
「よろしくお願いします。咲世子さん」
「私なんかが大丈夫でしょうか?いい見本になれるとは思えないのですが……」
人好きのする笑顔を浮かべて咲世子さんに挨拶するルルーシュの姿からは、僕に対する傍若無人っぷりなど想像も出来ない。
「そんなことないですよ。咲世子さんは最強です。日常的な家事から要人警護まで何でも出来るスーパーメイドじゃないですか」
僕がそう言うとルルーシュの頬が少し引き攣ったような気がした。案の定、すぐに彼は僕に耳打ちしてきた。
(要人警護って何だ?ただ家事全般をやらされるだけじゃないのか?)
(あぁ。咲世子さんは特別なんだ)
詳しくは言えないけど。
(………何者なんだ、この女)
「あくまで、ただのメイドですよ。ルルーシュ様」
小さな呟きを耳聡く聞かれたルルーシュは、一瞬にして顔を青褪めさせた。
「さぁ。私が今からみっちり執事の何たるかをご教授しますね」
「………はい」
(帰っていいか?)
(だーめ)
僕は涙目の彼を笑顔で送り出した。中々可愛いところもあるらしい。
地獄の特訓から漸く解放された時には、もう俺の身体はぼろぼろだった。思い出したくもない。あんなの俺のジャンルじゃない(ちなみに執事に必要なスキルとも思えない。執事がいつ全力疾走しながらナイフやフォークを投げるというんだ)
気を取り直し静かに目の前の部屋の戸を叩く。
「はーい」
間延びした声を聞いてから、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れる。
「お茶を持って参りました。スザク坊ちゃま」
恭しく礼をしながらワゴンを押す。俺のその姿にスザクは目を丸くしていた。……いや、それだけではないかもしれない。
「……どうしたのルルーシュその格好……」
呆然としながら呟くスザクの視線を、俺はどうしても真っ直ぐに受け止められない。必死にスザクから顔を背けながら俺は叫んだ(まともに顔を合わせられるほど俺の神経は図太くない)
「俺だって好きで着ている訳ではない!!」
そう。今俺が着ているのは俗に言うメイド服。ただ最近テレビで見かけるような、異様にスカート丈の短いものではなく、オーソッドクスに膝下丈の黒いワンピースに白いエプロン。もちろん先程の特訓と称する拷問で咲世子さんに着させられたものだ。
「お前が執事用のスーツを用意していないからだろう!!??」
あぁ恥ずかしさと悔しさで涙が出そうだ。こんな屈辱は初めてだ。
「それにしても似合ってるねー」
上から下まで俺の姿をまじまじと見つめながら呟くスザクを本気で殴ろうかと思った。
「こんなもの似合ってたまるか馬鹿」
ヘッドドレスまで付けられて!!完全に着せ替え人形状態だったんだぞ俺は!!
「ねぇねぇ。お帰りなさいませ、ご主人様って言ってみて」
どうしてだろう。スザクに犬の耳と尻尾が付いているように見える(しかも千切れんばかりの勢いで尻尾が振られている)
「お前にはそれよりも効く台詞があると咲世子さんが教えてくれた」
「効く台詞?」
ふん。今に見ていろ。鏡の前で練習したんだ。
小首を傾げ、人差し指を顎に沿えて、上目遣いにスザクを見上げる。
「『おかえり、スザク。ご飯にする?お風呂にする?それともオ・レ?』」
「………………」
「………………」
「………………」
「………スザク?」
あぁ、どうやら相当クリーンヒットらしい。完全にフリーズしている。
効く言葉とはそういう意味か。
ただ……人って鼻血の出血多量で死ぬのかな?
アレはいけない。破壊力が強すぎる。
ルルーシュの淹れてくれた紅茶を飲みながら先程のことを思い出す。
……まずい。折角止まった鼻血がまた出てきそうだ(今もまだ僕の鼻の穴にはティッシュが詰められている)
「でももうちょっとスカート短い方が……」
「何だ?」
彼の後姿を見ていたら、思わず心の声が口から出てしまったらしい。ギロリと切れ長の瞳が僕を睨む。
「いえ何も」
「そうだよな。てっきりケーキがいらないのかと思ったよ」
口調は柔らかいけど目が笑ってないよルルーシュ。
「あっ」
「今度は何だ?」
「エプロンのリボン、ほどけそう」
立ち上がり、ケーキを切り分ける彼に後ろから近付く。
「結び直してあげるね」
「いいよ。別に自分で出来るから」
「いいから。僕に任せて」
「別にいいって」
何故か頑なにルルーシュが拒むものだから僕もムキになってしまった。
「ちょ、じっとしててって」
「だから自分でやるって言ってるだろ!!」
そんなに僕が後ろにいるのが嫌なのか彼は。
「僕が結んだ方が確実でしょ」
「お前が後ろにいるって状態が嫌なんッ……だッ!!」
ルルーシュがそう叫んだ瞬間、何故か彼は僕の方に倒れ込んできた。
「「うわっ!!」」
そのままの勢いで僕はルルーシュに押し倒された。
「……なんでこけるの?」
「ヒールに躓いたんだ」
どうやら運動神経の無さというのは本物らしい(ルルーシュクオリティとでも呼ぼうか)それにしても強かに打ちつけた後頭部や臀部が痛い。
「……大丈夫か?」
てっきり憎まれ口を叩くかと思ったが、目の前にいる彼は心配そうに僕を見つめていた。下に落ちる黒髪が光に煌く。
「まぁ石頭だし」
そう言ってそっと彼の髪に手を差し込んだ。
「失礼します。スザク坊ちゃま、今………あ………」
「「あ………」」
なんともベタな展開。
でもかのスーパーメイドがノックも無しに人の部屋に入るなんて僕らも想像だにして無かったよ。
3人の視線が微妙な空気の中絡み合う。
「……お取り込み中……失礼致しました」
そう言ってその場をそっと立ち去ろうとする咲世子さんを慌てて僕らは呼び止めた。
「ちょっ、待って下さい咲世子さん!!絶対に何か誤解してますよね!?」
「僕たちは別に何もしてませんよ!!ただルルーシュが転んだだけで!!」
そう。たまたまルルーシュ転んで僕の上に乗っただけであって……決して……
「……まさかルルスザだったなんて……私もまだまだ……」
「ちょ!!何か不穏な呟きしてるしぃ!!その誤解だけは止めて!!僕の沽券に関わるからぁ!!」
咲世子さんの呟きと僕の叫びの意味は、どうやらルルーシュには通じていなかったらしい(彼は首を傾げ僕らを見ていた)
「……何か疲れたよ。今日は」
「それは俺の台詞だ馬鹿」
「そういえば君の部屋がまだないんだよね」
「だから?」
「また一緒のベッドだね」
「ふざけるな変態」
「じゃあ咲世子さんと同じ部屋にする?」
「………仕方ない。我慢してやる」
「だよね」
「お前は床で寝ろよ」
「女王様ですか!!??」
Title by "207β"
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