GEASS
lesson2
例えば、こんな出会いの話。
廊下の掲示板に貼られたポスターにふと目を留める。
いつもはやり過ごすはずなのに、何故だか今日はとても気になった。
「……男女逆転祭りィ?」
教材の入ったダンボールを片手に首を捻る。
明らかに手書きで書かれたそのポスターにはそう書かれている。
「何、コレ?」
横で資料運びを手伝ってもらっていた、生徒会副会長に聞いてみる。
彼はその端正な美貌を、心底嫌そうに歪ませ吐き捨てた。
「生徒会長のお遊び企画です」
男女の制服を入れ替える、ただそれだけのことですよ。
どう考えても『ただそれだけ』ではない様子だが、彼が物理科の資料室までスタスタ歩いて行ってしまうので詳しくは聞かないでおいた。ああいう風に拗ねている時の彼には何を聞いても無駄だ。怒りの矛先がこちらに向きかねない。
「ふーん。そっか。君も着るの?」
「………一応。生徒会副会長ですから」
似合うだろうなと呟きそうになったのを慌てて口を閉じ押さえ込む。
「去年は年度末にやったんです。有り得ませんよ」
「まぁ、まだ衣替えシーズン前で良かったんじゃない?男子のワイシャツ・ミニスカなんて見れたものじゃないでしょ」
しかし横に立つ彼の女子制服姿を想像する。全然違和感が無い。むしろ……
「ねぇ、ルルーシュくんってお姉さんとかいる?」
「いえ、妹が一人いるだけですが?」
「そっか……前にどっかで会ったことある気がするんだよね。君に似た人に……でも気のせいか」
小首を傾げ上目遣いに僕を見上げる彼のスカート姿を想像する。
………絶対似合う。カーディガンがいいな。袖からちょっと指先見えるくらいの大きさのを希望。
「先生、鼻血」
大きな紫水晶の瞳に軽蔑の色を込めながら、彼は僕の顔を指差した。
「えっ、うわっ!!」
ダンボールを抱えたまま慌てて鼻を拭おうとしたのが間違いだった。バランスを崩し危うく中身をぶちまけるところだった。
「冗談です」
くすりと笑い、彼は呆然としてる僕を置いて資料室へと入って行った。
「くっそー……」
誰にとも無く呟くも、真っ赤な顔は中々元に戻らなかった。
足元がスースーする。この真冬のくそ寒い時になんで、こんなくそ寒い格好して、くそ下らないことをやらなきゃいけないんだ。
「痛ッ!!」
「こーら、ルルーシュ。女の子が大股でどかどか歩かない」
しかめっ面で校内を歩いていると、後ろから生徒会長のミレイ・アッシュフォードに頭を叩かれた。彼女の手にはいつも書類の束が……その存在は最早デフォルトらしい。
「もう早く今日一日が終わればいいのに」
「そういうこと言わなーい。はい。今日も頑張って勉学に励むわよー」
彼女たちは良いさ。女子は。
普段は好きでスカートを短くしているんだし、今日だってブレザーにズボンで暖かいし。しかし男の身にもなって欲しい。この寒空の下、膝上丈のスカートを穿かされている男の寒々しい気持ち。何が哀しくて野郎の生足なんぞ拝まなくてはならないんだ。
「それにしてもルルーシュ。お前違和感ねぇーなー」
リヴァルに肩を叩かれ、思いっきり睨み付ける。
「あぁ!?何か言ったか、リヴァルくん?」
「いえ何も」
地獄の底から響くような声音でそう言うと、彼は青褪めた顔で数歩後ずさった。
女子の制服が普通に似合う男子なんて存在するものか!!
「懐かしいなー」
母校に帰ると言うのは、何とも不思議な感慨に陥る。
公立だから仕方無いのかもしれないけど、この寂れた感じもまた味があるというかなんというか。自分が通ってた頃とあまり変わらない。いや、あの時増築していた新校舎が出来上がっているな。
時が経つのは早い。あの頃は想像もしていなかった未来が、今、僕の手にはある。
感慨に浸るのもそこそこに、僕は校舎へと足を進めた。
「………はぁ……」
会長に無理矢理被せられたウィッグが、風に揺れる。
彼女の魔の手から何とか逃げ延び、屋上で一人束の間の休息。大きく肩で深呼吸をした。
気付けばもう放課後。校庭には部活動の生徒たちが集まり始め、体操やら準備やらに勤しんでいる。
俺もそろそろ生徒会室に戻らないといけない。というより会長に見つからない内に早く着替えねば……いつまでもこんな恥ずかしい格好……
「あっ……」
屋上に俺以外の人物の声がした。
急いで振り向くと、スーツ姿の男が一人……生徒ではないことは確実。では、部外者か……
「すみません、まさか人がいるとは思わな……」
「ここは立ち入り禁止区域のはずですが?」
男の言葉を遮りやんわりと退出を促す。何も知らないのなら速やかに出て行ってもらうのが一番だ。
「立ち入り禁止なら君もでしょう?」
しかし男は逆に俺を注意してきた。厄介な奴だ。
「俺のことはいいでしょう。そもそも屋上に何しに来たんですか?部外者が来て楽しい所とも思えませんが……」
むっとしながら言い返すと男は微笑みながら近付いてきた。
「部外者でもないんだな、これが」
逆光で見えにくかった顔が近付かれてよく見える。
男の俺でもかっこいいと思える顔だ。……悔しいなんて思ってない。
「来年度からこの学校に赴任する物理の先生なんだ。よろしくね」
爽やかな笑顔と共に自然な動作で握手を求められた。
俺も自己紹介しようと思ったが、女装していたことに気付き、慌てて距離を取った。
男は不思議そうにきょとんとした顔をし、
「もしかして男の人苦手、とか?」
と見当違いなことを訊いてきた。まさか女装がバレていないのか……いや、普通なら分かるだろう。だがそれならそれでまぁ、いい。
「いえ、そういうわけでもないんですけど……」
俯き気味に答えると、男はまた顔に優しい笑みを浮かべた。
「そっか良かった」
「は?」
「案内してくれない?そしたら今屋上で君を見たことはなかったことにしてあげる」
何を言っているんだこの男は。案内だと?俺が?
「ね、新校舎だけでいいから」
ぐっと手を握られた。驚いて顔を見上げると、翡翠の瞳と目が合った。大きくて澄んだ瞳の中に映る自分を見る。
………あぁ……俺は……
「あっ、ゴメンね。女の子にこんなことしたらセクハラだよね……」
頬を赤く染めて慌てて男は言い繕う。
俺は……彼には女の子にしか見えていないのか。
彼は俺が女の子だから、こんな話を持ち掛けたのだろうか。
俺が男だと知れたら彼は、どうするだろうか。
………ちょっと待て。俺!!何でこんなこと考えているんだ!?こんな男にどう思われようとどうでもいいじゃないか。なんで、俺が……
「……分かりました。新校舎だけでいいんですよね?」
「うん!!」
太陽のような笑顔を浮かべ、男は笑った。
大人なのに子どもみたいで。どうしようもなく心があたたかくなる笑顔だった。
「優しいね、君」
「どうも」
ドアへと向かう俺の横に男が並び、二人で歩き出した。
「来年は何年生?」
「2年です」
「じゃあまだまだ一緒にいられるね」
少し腰を屈め、俺と視線を合わせて笑いかけてくれた男に、不覚にも胸が高鳴ったのは秘密だ。
そして運命の出逢いは、この2ヵ月後―――
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