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GEASS
ピーターパンは逃げ出した






シンジュクゲットー。
ブリタニアに搾取されつくした日本のかつての繁華街の成れの果て。
イレヴンのテロリストも多く潜伏している無法地帯。
ここを形容する言葉は多々あるが、どれも不名誉なものばかりだ。
戦後すぐには戦争に負けたなんて思えなかったし、思いたくもなかった。
だがここに未だ広がる惨状が日本人の目に現実を突きつける。
お前たちは負けたのだと。
これが敗戦国である証なのだと。

「ひどい………」

トーキョー租界とシンジュクゲットーの丁度境目。
桃色の髪の少女と茶色い髪の少年が立っているのが見えた。
少女の方は後ろから見ても、明らかにブリタニア人だと分かる。
髪の毛の艶も、その洋服の華やかさも、溢れる気品も。
思わず舌打ちを零す。
上から見下すだけの人間に、可哀相がられても余計惨めになるだけだ。
慰めも、情も要らない。
今の日本人に必要なのは、自分が日本人であることの証だ。

「どうして…こんなことに……」

こちらに背中を向けているため表情は見えないが、少女の声に悲痛が混ざる。

「失くせないのかしら。この壁を。人々の心の傷を」

正直言って驚いた。
彼女には見えているのかもしれない。目の前に立ちはだかる巨大な越えられない壁が。

「それをいつか失くす為に、僕は軍に入ったんだ」

まるで彼自身に言い聞かせるように、そう言って振り返った少年の顔は、見慣れたものだった。
それ故に私は目を開いて、立ち尽くしてしまった。
枢木スザク。日本最後の首相、枢木ゲンブの一人息子。
名誉ブリタニア人となり、ブリタニア軍に従軍する祖国の裏切り者。
だが私、紅月カレンの数少ない友人の一人だ。






「―――何しに来たの?」

バニーガール姿のかつての友人が、上目遣いに僕を睨み上げながら最初に放った一言。
あぁ僕の居場所はこうやってどんどん無くなって行くんだな。

「ひどいなカレン。久しぶりに来たって言うのに」

「残念だけどね、スザク。あんたの爽やか笑顔に惑わされる客はもうココにはいないわよ」

シンジュクゲットーにある、いわゆる風俗店の裏口に僕らはいる。
利用するのはもちろんお金を持っているブリタニア人だ。
僕はかつてココの常連客の中から、軍関係者だけを狙って、個人的に僕の客になってもらっていた。
まぁそれだけが出世のからくりではないのだけど、初めて僕を特派に呼んでくれたロイドさんは、きっと僕の名をそんな良からぬ噂から知りえたのだと思う。確かめるのも嫌でまだ聞いていないが。
ユフィには知られていなかった。
しかしコーネリア総督と、ルルーシュはどうなのだろう?
もしルルーシュが知ってしまったとしても、こんな穢れた僕と『友達』でいてくれるのだろうか。

「最近ぱったり来なくなったと思ったら……また?あんたはっきり言うけど、それ病気よ?」

そうかもしれない。
心が傷ついたから、もっと傷付けて欲しい。
間違ってるとは思う。でも本当の痛みに気付きたくないんだ。

「それにこんなとこにいるのがバレたらまずいんじゃない?あんた最近昇進したんじゃなかったの?」

「昇進?」

「あの女の子。皇女殿下らしいじゃない」

ユフィが日本を発つ前日。
やはり後ろにいたのはカレンだったのか。

「殿下が日本を離れる前に、一度でいいから見ておきたいって言うからさ。その警護役だっただけだよ」

「へー。まるでカップルみたいだったのに」

「無理だよ。彼女は皇女殿下だし、好きな人がいるし」

「いい気味」

カレンは嬉しそうに僕の顔を見上げた。
そうすると年相応の女子高生に見える。
今日はそんなに化粧もしていないから、余計にいい。
昔の彼女を見ているようで、なんだか少し感傷に浸ってしまった。

「もう終わりなの?」

「私は安くないわよ」

「別に君を誘いになんて来てないよ」

ただ、そう。逃げて来ただけだ。

「おい」

裏口の扉が開き、緑髪の女性が顔を出した。

「いつまでもそんな所で喋られていたら、こっちは営業妨害だ」

「ごめんね、C.C.」

年は同じくらいなのに大人っぽい、というか無駄に偉そうというか、まぁ俗に言う謎の人物。それが彼女。
カレンとはデコボココンビで上手くやっているようだ。

「お前に素直に謝られるなんて。怖いな、スザク」

「別に何も裏はないって」

どうやらもう本当にココには、僕の居場所はないらしい。
というよりも、二人が僕に戻って来るなと背中を押してくれているのだろう。
振り返る過去はココに置いていく。
見捨ててきた現在を拾い上げなければ。

「私は別にそんな御託を並べろなんて、思っていないぞ」

「………だから人の心を読むのは止めてくれってば、C.C.」






「枢木スザクがいない!?」

わざわざ俺の私用の携帯電話に掛けて来るから何事かと思えば……

「おい!どういうことだロイド!?」

ロイド・アスプルンドは決して、自分の部下一人に対してこんな過保護な行動は起こさない。
だとしたら……
嫌な方向にばかり考えがいく。
俺はロイドの次の言葉を、全神経を耳に集中させて待った。

『折角ランスロットに新しい機能付けたのに、パーツがいないんじゃ動かしようがないじゃないですかー』

あぁ、俺が馬鹿だったよ。
奴は自分の研究、もとい欲求を満たすのが最優先な人物だった。

「ココにはいない。仕事も言いつけていない。だから俺は知らない。奴は携帯電話だって所持していないんだ。仕方ないから、そこで待ってろ」

一気に捲くし立て、大きく息をする。
てっきり緊急の用件かと思い、らしくなく焦ってしまった。

『ねぇ、ルルーシュ殿下』

「なんだ?」

ロイドに電話番号を教えたことを後悔し始めた矢先、奴は楽しそうに次の句を告げた。

『枢木准尉と何かあったんですか?』

息を呑む音を、聞かれてしまった。

『や〜〜っぱり』

眼鏡の奥で楽しそうに笑う瞳が容易に想像付く。

「ただ少し、意思の疎通に齟齬が生じただけだ」

電話の向こうで奴の鼻歌が聞こえた。
なんだ?俺とあいつの仲が悪いのがそんなに楽しいか?

『では僕は優しい人間じゃないので、殿下にとびっきりの情報を』

「………」

『彼、シンジュクゲットーに行ったみたいですよ』

俺はその地名を聞いて、一瞬固まってしまった。

「……シンジュクゲットー……だと?」

『はい。ユーフェミア皇女殿下と二人で訪れた最後の場所』

あれ?これは言っちゃ不味かったかな?
ロイドがわざとらしく言葉を足すが、俺にはそんなことどうでも良かった。

「ユフィと、二人で……」

受話器を耳から離し、思い切り胸に押し付け服ごと握り締める。
なんだ。この感情は。分からない。
でも、無性に、胸が痛いんだ。






Title by "9円ラフォーレ"

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