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GEASS
すべからく虚無






『あっ、待って。お兄様』

なんだい?今日はお喋りが好きだね、ナナリー。

『では―――神様の幸せは誰が叶えるのですか?』

それは平和で暖かく、世界が光に満ちていた頃。
幼い妹のあまりにも無垢な言の葉。






「ナ、ナリー………」

魘されて苦しそうに歪む顔を、栗色の髪の少年はただ黙って見つめていた。
何の感情も映さない瞳は、今は眠っている少年のそれとよく似た色をしていた。
人間ならば……どうするのだろうと、ベッドの横の椅子に座るその少年は考えていた。
ゆっくりと小刻みに震える手に、自らの手をそっと添えた。
冷たかった。
生きているのに、まるで生物の暖かさがない。
少年はぎょっとしたが、力を込めて両手で握り直した。

「ルルーシュ」

確かそれが彼の名前。
少年が名を呼ぶと、閉じられた瞳を覆う長い睫毛が微かに揺れた。

「……ナ、ナリー?」

弱弱しく手を握り返された。
あぁそうだ。ナナリーというのは、彼の妹の名。
少年は先ほど見た書類の内容を、もう一度頭に思い浮かべる。

「兄さん」

そして眠る少年に、とても優しく言葉をかけた。
まるで本当の兄弟かのように。
すると、漸くゆっくりと紫水晶のような瞳が姿を現した。

「ナナリー……?」

嬉しそうな顔が一変、直ぐにルルーシュは傍らに座る少年の顔を訝しげに睨んだ。

「誰だ?お前」

「僕の姿はあなたの妹さんに似ているのですか?」

「………は?」

まだ覚醒しきっていない頭を叱咤し、ルルーシュは観察するようにその少年の全身を見た。
女の子の様に高い声だが、ナナリーのものとは違う無機質な声。
しかし髪の淡い色合いや癖毛具合、瞳の色などは何となくナナリーを髣髴とさせる。

「僕の姿はその人が一番愛している人の姿に見えるんです」

あなたの場合はまだ情報が少なくて、完璧には写せなかったようですが。
そうわざとらしい口調で、少年は自嘲した。

「ロロ、と呼ばれています。しばらくあなたの身の回りの世話を命ぜられました」

差し出される右手。
しかし現状が全く理解出来ていないルルーシュは、その手を取らなかった。

「ちょっ、ちょっと待て!!」

もう一度辺りを見回してから、ルルーシュは尋ねた。

「ここは何処で、お前は何者で、どうして俺はここにいるんだ?お前にその世話係を命じたのは誰だ?」

狼狽しきったルルーシュを、ロロは呆れたように見つめた。
そしてゆっくりと息を吸い、大きく吐き出してからこう言った。

「ここは天界です。先程も言ったように、僕はロロという天使。あなたが神に差し出されるまでの世話係。あなたは昨日、カレンさんにここまで連れて来られた。それも覚えてないんですか?……まぁいいか。話の流れで察して欲しいのですが、もちろん世話係を任じたのも神様です。以上」

天界、天使、神……
ルルーシュは己の口で今一度不可解な単語たちを呟いた。ゆっくりと咀嚼してから、理解するように。
それと同時にだんだんと、昨日の不可思議な記憶を思い出してきた。

「………ジノッ!!!!」

大きな瞳が余計大きく開き、ルルーシュは叫んだ。

「ジノは?あいつはどうなった?カレンというのは、あの赤毛の女のことなのだろう?」

ロロの肩を揺さぶり、ルルーシュは必死に問うた。
今彼の脳裏にあるのは、自分を必死になって護ってくれた大切な友人の姿だけだ。

「ジノさんは……無事です」

一瞬言葉を切ってから、ロロはそう言った。

「今はまだ会えませんが、いずれ、お会いできるかと……」

ルルーシュの瞳に安堵の色が浮かんだ。

「良かった……」

本来ならば、事実をそのまま述べていただろう。
彼は天界を永久に追放された。
この二人が出会うことは、もう一生ない。
しかしそんな酷なことを、今の彼に告げる必要があるだろうか。
ロロは情に流された自分に、違和感を感じていた。
今までに、一度だってこんなことがあっただろうか。

「ロロ、と言ったな?」

幾分落ち着いたのか、優しい眼差しでルルーシュはロロを見つめた。
彼が愛しているのは、自分ではない。
その向こうにいる彼の妹だ。
今までもそうだった。
愛されているのは、僕ではない。
だが同時に最も愛されることを望んでいるのは、ロロ自身だ。

「俺はこれからどうなるんだ?」

不安気に紫が揺らめいた。
ロロは罰が悪そうに、視線を逸らして言った。

「神の儀式が終わられ次第、献上されることになるかと………」

この紫の瞳に魅入られたら、おそらく自分もジノと同じ運命を辿ってしまう。そう直感的に感じ取ったのかもしれない。

「献上……差し詰め俺は生贄ってとこか」

自嘲めいた風にルルーシュは呟いた。

「逃げないのですか?」

「逃げられるのか?」

きょとんとした顔で見つめられる。

「いいえ」

だろ?と笑顔を向けられた。
なんとも順応性の高い少年で、ロロの方が目を丸くしてしまった。

「怖くはないのですか?」

「怖いよ」

あまりにもさらりと。
まるで朝の挨拶のような軽さ。
今まで自分が出会った人間に、こんな人間はいただろうか?
飄々と、しかし地に足はつけて。
彼の中にある意志の強さを、ロロは微かに感じ取っていた。

「人間は、もっと弱い生き物だと思っていました」

『人間は、直ぐに壊れてしまうから』

そう言い渡されてロロはココへ来た。

『それでもきっと。君なら支えられるから』

あの時神様は、哀しみの浮かんだ翡翠の双眸をこちらに向けていた。
色は違えど、あの悲哀の込められた眼差しは彼の瞳と似ていたような気がする。

「俺は、弱いよ」

くしゃりとルルーシュはロロの頭を撫でた。
愛おしそうに、柔らかく柔らかく。
ロロは頬を赤らめ俯いた。
違う。違う。これは僕への―――

「友達一人も護れない。だから、きっと君の方が断然強い」

ハッと顔を上げると、温かみが差した紫水晶に見つめられる。
生きている。今の彼は、確かにここに生きている。

「だって、きっと辛いだろう?」

何もかも、分かっているようなルルーシュの口振り。
ロロは言葉に詰まった。

「偉いな、ロロは」

頭を撫でる手に縋り付き、ロロは生まれて初めて一滴の涙を流した。
今までただの一度だって、そんな言葉を掛けられたことはなかった。
それが自分に与えられた役割だと、存在意義なのだと諦めていた。
でも、心の何処かで叫んでいた。

「僕を………見て欲しかったんです」

「うん。俺は見てるよ。ちゃんとお前を」

これは、偽りの……愛だろうか。
彼も妹に似ているというただそれだけの理由で、優しくするのだろうか?

「大丈夫。お前の淋しさを半分、俺が背負ってあげるから」

やはり人間は弱い。
誰かの荷物を背負うことでしか、自分がここに在ることが実感できないのかもしれない。
知っている。ロロへの愛は、きっと言い訳。
それでも、この手は離したくないと思った。

「……兄さんと、」

涙を拭って、もう一度彼の顔を見つめた。

「呼んでもいいですか?」

優雅に、彼は微笑んだ。
ロロに、初めて家族と呼べる存在が生まれた。






あぁ、分かっている。
その時間もすぐに終わる。
安寧の時というのは、永遠には続かないものだ。
なぁ?






水路が張り巡らされている、光り輝く明るい祭殿。
そこの一段高くなっている、まるでステージのような場所に、彼はただ独りで佇んでいた。

「……何しに来たの?」

ゆっくりと振り向き、入り口にいる緑髪の少女を見据えた。

「いや、どうしてあいつを放っておいているのかと思ってな」

腕を組んで柱に寄りかかり、少女は決して媚びることのない態度で問いかけた。
少年―――スザクはその翡翠の瞳を細め、投げやりに少女を見た。

「どうしてだと思う?」

髪から流れる雫を、頭を振って飛ばす。
その仕草は少年そのものなのだが、時折この少女同様にまるで遥かに長い時を生きた様な表情も見せる。

「はぐらかすな」

「本当に分からないんだよ」

翡翠が遠くを見つめた。

「僕は、彼をどう思ってるんだろうね?」

誰に問いかけるのでもなく、いや恐らく自分に。彼は問いかけている。

「僕は彼に何を求めているんだろう?」

水場に浮かぶ真っ白なシルエット。
あまりにも儚げなその姿に、人々は敬意を表しこう呼ぶのだろう。
神、と。
彼の心の弱い部分など誰も見ようとはしない。
正確には見ない振りをしているのだ。知りたくないから。
少女は、己の役目を知っているからこそ、それを口にはしない。
彼を抱きしめるのは、私ではない。

「……そろそろ清めの儀式も終わりだな」

「あぁ。あと1週間もすれば……」

そう。あと1週間で、時は来る。
終焉の始まりか………それとも。

「待ってて。もう少しだから、」






「ルルーシュ」






何も見つめていない虚無の瞳を称える少年を、少女は見つめることしか出来なかった。

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あきゅろす。
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