GEASS
リアリストの夢
「カ…レン……」
ようやく発されたジノの声は酷く掠れていた。
驚愕から何とか立ち直り、絞り出したそれはルルーシュに言い知れぬ恐怖を与えた。
「そんな驚かないでよ。期限はとっくに切れてるって、あなたも分かってるわよね?ジノ」
カレンと呼ばれたその少女は、ふわりとまるで羽毛の様に、重さなど微塵も感じさせずに、二人の眼前へと舞い降りた。
「あなたが、ルルーシュ・ランペルージね」
カレンの瞳が、しっかりと紫眼を捉える。
「………何なんだお前は……」
自分を抱えるジノに対する不信感。
辺り一面に広がる未知への恐怖。
現状を目の当たりにしてしまったための大きな不安。
思考を巡らせるにも、今の自分には圧倒的に情報が足りない。
ルルーシュは心に巣食っている弱さを一旦全て切り捨て、目の前の不可解な少女と相対することにした。
「……なるほどね」
彼の真っ直ぐな瞳。
まるで宝石の様に輝いてはいるが、その奥には彼の強い意志が感じられる。
カレンは口元に手を添え、一人頷いた。
「何がなるほどなんだ?」
警戒心は剥き出しに、ルルーシュは尋ねた。
だが彼の思考の冷静な部分では、自らのあまりの順応性の良さを不審に感じていた。
平気で空を飛ぶような人間に、心当たりなどあるはずがない。
「だってあなたこれから神様に会いに行くのよ?」
とんだ茶番だ。
神という名さえ借りれば、何でも許されると思っているのかこの女は。
ルルーシュは呆れ果て、心の中で罵倒した。
「ふざけるのもいい加減にしてくれないか?帰ろう、ジノ。この女は頭が少し……」
ルルーシュはそこで言葉を切った。
見上げたジノの顔からは、血の気が失せていた。
いつもの天真爛漫な彼の姿は、そこにはなかった。
「ジ…ノ…?」
「ちょっと待って。ジノ…まさかあなたまだ何もこいつに話してないの?」
「………」
今度はカレンが呆れた声で吐き捨てた。
「話すって…何のことだ?」
話が見えないルルーシュは、今度は懐疑の視線をジノへと向けた。
「ジノ…?」
「………」
ルルーシュの大きな瞳に見つめられ、ジノは咄嗟に目を逸らした。
彼の瞳に見つめらても尚、欺き続ける自信はない。
「オイッ!!ジノ、答えてくれッ!!お前は何が起こるか分かっていたのか!?話ってなんだ?この女は何者なんだ?街や人はどうなったんだ?」
いつまでも口を閉ざし続けるジノに堪えきれず、ルルーシュは常の彼らしくなく、畳み掛けるように言葉をぶつけた。
「ジノッ!!なぁ…教えてッ……」
必死にジノの胸にすがり付いていたルルーシュの動きが急に止まり、突然意識を失った。
「……ッ!!」
殺気を宿した瞳で、ジノはカレンを睨んだ。
彼女はルルーシュに向けていた銃のような物を静かに下ろし、肩を竦めて吐き捨てるように言った。
「ちょっと眠ってもらっただけ。彼に一から事情を説明している時間はもうないの」
だから彼を渡して?と、今日初めて見せる笑顔で彼女は言った。
「……ルルーシュには…大切な家族がいるんだ」
「それは昔からみんな同じだったわ」
「何も事情を知らないし…ッ!!」
「知っていたとしても、納得はしないと思うわ。家族が大切なら尚更よ」
「……それでもッ!!俺達の勝手な都合で、彼の人生を壊していい理由はないッ!!」
拳を振り上げ地面に叩き付ける。
滅多に怒ることのないジノが、今は明らかに感情に流され激昂している。
それは下らない世界のルールへの怒りで。
大切な友人一人も救えない自分への不甲斐なさでもあった。
「この世に、誰もが幸せになる道なんてあるのかしら?」
諭す様に、カレンは呟いた。
彼女の瞳にも、悲哀の色が滲む。
顔を上げ、彼女の瞳を見たジノは、唇を噛み締め俯いた。
「お願い、ジノ。あなたの立場を、これ以上悪いものにはしたくないの。そうでなくてもあなたは、人間と天使の間の子供……今の地位はやっと手に入れたものじゃない」
禁忌の子供と蔑まれ、幼い頃から迫害を受け続けてきたジノに、初めて救いの手を差し伸べてくれたのは、茶色い癖毛を揺らした少年だった。
『僕と君の違いなんて、髪の色と瞳の色と、名前ぐらいだと思わない?』
その少年が、まさか神になろうとはその時は考えもしなかった。
だが、この時からジノの生き方は大きく変わった。
だから彼に忠誠を誓おうと思った。
彼を護ろうと思った。
しかし、もっと大切にしたいと想う相手に出会ってしまった。
それが、忠誠を誓った相手の想い人だとは知っていても。
自分の役目は、ルルーシュという少年を天界へ連れて行くことだけ。
それだけのはずだった。
だが―――彼を愛してしまった。
「ありがとう、カレン」
ごめんね、ルルーシュ。
そう心の中で呟きながら、ジノは彼の唇に自分のそれを重ねた。
その瞬間、二人を紫の炎が包み込んだ。
「キャッ!!!」
カレンは突然の炎と強風に驚き、咄嗟に腕で顔を覆った。
「ジノッ!!!何をしてるの!?」
ドンッという爆発音と共に、炎と風が止んだ。
まるで何事も無かったかのように、街は静かなままだった。
ジノはルルーシュを抱えたまま、動かない。
「ジノッ!!!」
カレンは駆け寄り、彼の背中に手を添えた。
「痛ッ!!」
「えっ!?」
背中に少し触れただけで痛みに呻く彼を見て、カレンはまた驚愕で目を見開いた。
「まさか……堕天使の烙印……」
カレンにも聞いたことがあった。
天使が自分の能力を人間に与える、禁忌の呪術。その罪を犯したものに与えられる天界永久追放の証が、堕天使の烙印それである。
彼の背中に大きく火傷のような傷が現れたのにも驚いたが、ジノがその方法を知っていたことにも驚いた。
「どうして……こんなことを?」
震える唇から、カレンは必死で言葉を搾り出した。
気を緩めると涙を零してしまいかねない。疲弊している彼に、容赦なく怒りをぶつけてしまうかもしれない。
「どんなに決まりだルールだって言われても、やっぱり……間違ってると思うから……」
カレンは意識が朦朧としている彼を支えた。
恐らく体力の限界なのだろう。
「ジノ……そんなに、こいつのこと……」
「カレン……ルルーシュを連れて行ってくれ。もう大丈夫から、きっと」
最後に愛おしそうにルルーシュを見つめてから、ジノは意識を失った。
ジノには彼と一緒に天界へ行くという選択肢もあった。
だが彼は、不死の天使でありながら下界に生きるという罪人の道を選んだ。
そうまでして変えたかった未来。
自分の全てを賭けてまで、護りたかった人間。
「どうして…分からないよ、ジノ」
呟きと、零れ落ちる涙だけが、その場に残った。
微笑みながら少年は眠った。
『ねぇ、お兄様』
なんだい?ナナリー。
『本当に神様って、いらっしゃるんですか?』
あぁ、本当だよ。いつも僕たちを見守ってくれている。
『神様は、何をしてらっしゃるんですか?』
うーん…なんだろうね。きっとみんなの幸せを叶えてくれているんだと思うよ。
『みんなの幸せを?』
うん、そうだよ。ほら、そろそろ寝る時間だ。今日はもうお話は終わり。
『どうすれば、神様は幸せが何か分かるんですか?』
祈ればいいんだよ。みんなが願いを。空に届けるんだ。
『神様に気付いてもらえるように、みんなでお祈りしてたんですね』
そうだよ。ほら、ちゃんとシーツをかけて。
『はい。おやすみなさい』
あぁ、おやすみ。いい夢を。
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