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GEASS
上へ上へと黄金蝶
枢木先生と生徒ルルーシュくんの青い春な恋模様。
ルルーシュくん視点。






自分の性癖に気がついたのは、果たしていつのことだったか。
妹も、従姉妹も単純に好きだと言える。
幼い頃はそれで良かったが、この世知辛い世の中に揉まれると、それはただの家族愛でしかないことを知ることとなる。
言うなれば慈悲の心。
大切にしたい。愛している。
そんなことは当たり前だ。家族なのだから。
よくよく考えてみると、これが初めての恋なのかもしれない。
高鳴る鼓動。
その人の顔を見るだけで、顔が火照る。
声をかけられたら、動揺してしまう。
笑った顔を見ると嬉しくて、思わず自分も笑ってしまう。
だが、他の人に笑いかけているのを見ると……腹の底が疼く。
無性に悲しくなる。泣きたくなる。
どろどろとした醜い感情が蠢く。
きっとあの人は、そんな醜い俺なんて嫌いになってしまうのだろう。
……待て待て。まだあちらが俺に好意を抱いているかも定かではない。
先生と生徒であるのだから、多少の情くらいは持ち合わせているかもしれないが、相手は…

「くるるぎせーんせっ!!」

女子が黄色い声で彼を呼ぶ声が聞こえた。
そう、俺の初恋の相手は、男。しかも年上。

「爽やか系オーラ全開、白衣の似合う男No.1の物理教師、枢木スザクッ!!!」

ついでにオプションの眼鏡を掛けさせると、眼鏡の似合う男No.1にもランクインするという強者だぞ。相変わらずモテまくっちゃって、いいねぇ色男は。

「リリリリリリリヴァル!?いいいいいいいつからそこに!?」

俺は枢木先生を見つめていたことを悟られたと思ったあまり、動揺しまくってしまった。

「何そんなにキョドってんの?ルルーシュ?」

訝しげな目線を送られる。

「な、なんでもない。筆箱を落としただけだ。ほら、早く。次は音楽室に移動だろ」

俺は平静を装い、枢木先生がいるのとは反対の方向へ足を進めた。

「な〜に〜?ルルーシュくぅ〜ん。もしかしてあの中にお目当ての女の子でもいるのかな?」

「いいいいいいいいるわけないだろう!!!!」

肩越しにチラリと後ろを見ると、枢木先生と目が合った…気がした。
まさか。

「何?ようやくルルーシュくんにも春到来?いや、めでたいめでたい」

「だから違うと言っているだろう!!リヴァル、お前あまり下らないことばかり言っていると、会長にこの前お前が町で見かけた女の子をナンパしようとしてたこと言うからな」

「ちょ、それだけは勘弁して本当!!俺これ以上会長に嫌われたら生きてけない!!」

ふんっと鼻を鳴らして、俺は歩を進めた。
好きな人に嫌われたら、生きていけない…リヴァルの言葉を反芻すると、胸が苦しくなる。
枢木先生も、もし男に好かれているなんてことを知ったら…俺を気持ち悪がって嫌うだろうか。
俺はこの仄かに色づく想いを、心の底にそっと仕舞い込む決意をした。






「……で、決意をしたんじゃなかったのか?ルルーシュ」

「黙れ魔女」

保健室は格好のサボリスポットだ。
何故ならここの保険医であるC.C.は、母親の知人のため昔からうちの家に下宿している。
つまりはC.C.の傍若無人ぶりを俺が把握しているのと同じ様に、目の前でお気に入りのチーズ君人形を抱えている彼女も俺の性格を熟知しているということだ。
言ったところで無駄と分かっているからか、もうピザ代を出してもらえないと思っているのか、俺が授業をサボって保健室に居座ることを咎めなくなった(これでも最初は多少口うるさかったのだ)

「体育の時間になる度にサボリには来ていたが…今回は物理じゃないか。珍しい。いいのか?お前の大好きな枢木先生の授業だろう?」

何故かC.C.には、俺の淡く儚い恋心がバレている。
彼女に友人や知り合いが少ないため、情報の漏洩の心配がないのがせめてもの救いだが…
お前の目を見れば分かる。
そうC.C.はかつて語っていた。
少女漫画みたいな目をしていたと。
俺は鼻で笑ってやった。
馬鹿馬鹿しい。
目を見れば想いが伝わるのであれば、俺はこんなに苦労していない。

「今日は自習になったんだ」

近くにあったぬいぐるみを抱き寄せ、顔を埋める。
ラッコみたいだが非常にブサイクな顔をしたこいつを、C.C.はタバタッチと呼んでいる。

「ほぉーそれは残念だったなぁ」

ちっとも残念だなんて思っていなさそうな顔で、C.C.は言った。

「今まで自習なんて一度もなかったのに…」

この女に愚痴を零したところで仕方は無いのだが、他に言える相手もいない。
俺が嘆息すると、不敵に笑ったC.C.が妙に高い声で喋りだした。

「どうしたのかな?枢木先生!!もしかしたら風邪?交通事故?猫に噛まれたとかっ!!??もうどうしようルルーシュ超しんぱぁーいvv」

「変な声出すな!!それに何だっ!!そのルルーシュというのは!!!」

「素直じゃないお前の心を代弁してやったんだ」

「ふざけるな!!俺は一度もそんなこと考えていない!!!」

それはどうかなと笑い、C.C.はコーヒーを一口啜った。

「少しは素直になってみればいいんだよ、お前も」

「馬鹿が。そんなこと出来るはずもないだろう」

それに、俺のこの恋は始まった瞬間に終わっているも当然なんだ。
男が男相手に、恋心を抱くなんて。
間違っている。

「恋に間違っているも、合っているもない。それに、お前の顔、どう見たって未練たらたらじゃないか。情けない」

確かに、人の心なんて読めないのだから、恋に正解なんて存在しないのかもしれない。
諦めきれないのも、事実。

「でも、嫌われたくないんだ」

どうせ叶わぬ恋なのだから、せめて彼の中での俺は永遠に「勉強が出来て適度に真面目な優等生ルルーシュ・ランペルージ」でありたい。
その像を壊したくない。汚したくない。
そしてそのまま俺の中での彼も…綺麗な思い出は、綺麗な思い出のまま封印したい。

「失敗するのが怖いのか?」

「結果が分かりきっている。無謀な賭けには出ないだけだよ、俺は」

「本当に…お前は愚かで可愛いな」

鏡を見てみろ。恋する乙女が映るぞ、きっと。

「一言余計だ」

だが、C.C.の瞳には皮肉っぽさも、人を見下しているような気配も見受けられなかった。
言うなれば、慈愛?
なんだ、俺は同情されているのか?気に入らないな。

「まさかこの期に及んで、この気持ちはただの憧れだなんて言い出すつもりでもないんだろう?」

「当たり前だ!!」

この気持ちは本当に恋だ。
決してただの憧れや、尊敬などではない。
むしろ俺は誰かにそんな感情を抱いたことは一度もない。

「何故そう言い切れる?」

お前がそう勘違いしているだけかもしれない。
初めての恋で、ましてや相手は年上。
顔が良くて、頭も良くて、人に好かれて、お前と違って男らしい身体でおまけに運動神経もいい。

「そこらへんの女子の持つ、アイドルを見て騒いでいるのと同じレベルの気持ちではないと、何故そう言い切れる?」

確かにこの女の疑問も、おかしいことではないだろう。
俺も最初は不思議だった。
だが、人が人を好きになるのに、理由が必要なのか?

「……愚問だな、C.C.」

「ほぉ」

愉快を目に浮かべて、C.C.は言った。

「多少はそのような感情があったかもしれない。だが、今の俺は違う。どんな小さな囁き声でも、枢木先生のものなら、俺の耳には必ず入ってくる。笑った顔を見ると、俺も嬉しくなる。いつまでも見ていたくなる。だが話しかけられると、胸の高鳴りのせいで上手く喋れなくなる。他の生徒や先生と話しているのがムカつく。俺だけを見ていてほしいという、醜い独占欲に駆られる。あの腕で抱きしめられたい。あの茶色い癖毛に、顔を埋めてみたい。あの翡翠の大きな瞳いっぱいに、俺を映してほしい」

そう思うのを、恋と呼ばずして、何と呼ぶ?
俺は一気にそう捲くし立てた。
途中から興奮してしまって、声の大きさを考えなかったが、今は授業中。たいして問題ないだろう。

「なるほどな…」

笑いを必死で堪えているC.C.に気付き、顔が火照るのを感じた。

「お前が言えと言ったんだろう!!何がおかしい!!」

恥ずかしさで、俺もぬいぐるみに顔を埋めた。

「いや、ただな………だ、そうだよ?どうする?」

急にC.C.が後ろを振り返り、衝立の向こう側に声をかけた。
……馬鹿な。あそこには、ソファが一つ置いてあるだけで、人がいるはず…

「おい、出て来れないのか?」

人なんて…いるはず…

「………立ち聞き、するつもりじゃ、なかったんだけど…」

この声を、俺が聞き間違えるはずがない。

「ほわぁぁぁぁあぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

衝立の向こうから現れたのは、他の誰でもない俺の想い人、枢木スザク先生だった。
俺は脱兎の如く、その場から離れようとした。
無理だ。こんな羞恥耐え切れない。
顔が熱くなりすぎて、今なら目玉焼きも焼けそうだ。

「ちょっと待って」

ドアに手を掛けたところで、枢木先生が俺の腕を掴んだ。
おかしいな。完全に俺の方がドアに近かったはずなのに。
所詮俺の脱兎の如くのスピードなんて、たかが知れてるということか。
それよりも、だ。
今は、枢木先生に掴まれてる左腕の方が心配だ。
どうしよう…また、心拍数が上がって…

「本当にごめん、立ち聞きするつもりなんてなかったんだ。本当に、たまたま偶然居合わせてしまっただけで…」

しどろもどろに枢木先生が告げる。
それもそうか。
不可抗力とはいえ、他人が自分に告白しているのを聞いてしまったんだから。しかも相手は生徒で男だ。
俺は素知らぬ顔をしているC.C.を睨み付けた。
俺のことだけではない。
枢木先生を困らせた罪の方が、俺の中では大きい。

「今日来る途中でちょっと、猫に噛まれてさ。仕方ないから手当てしてもらってたんだけど、なんか居心地良くて眠っちゃって。昨日資料の作成で徹夜だったから眠くて眠くて。気付いたら、授業始まってるし…もういっかなぁとか思ってサボっちゃったんだ。ゴメンね」

そ、そんな可愛い顔で…俺を見ないでほしい。
俺は、反射的に先生から顔を背け、俯いた。
…先生は、必死に話を逸らそうとしているんだ。
そうだ、あんなことなかったことにしてしまえばいい。
所詮感情の高ぶりに身を任せただけの言葉で、本人を目の前にして言った、正式な告白でもなんでもない。
お互いが忘れさえすれば、あんなこと…

「ル、ルルーシュくん?」

涙が出てきた。
忘れるなんて、なかったことになんて、出来るはずがない。
だって、こんなにも好きなのに。

「ど、どうして泣いてるの?」

恥ずかしい。
困らせたくない。
この手を離さないでほしい。
俺の様々な感情の入り混じったたくさんの涙が、床に染みを作る。

「君が、泣くことなんてないんだよ?」

どうして優しくするの?
きっと傷ついているのは、先生も同じだろうに。

「ほら、こっちを向いて」

いつもより低く甘い声で、先生は囁いた。
そっと両頬を包む大きな手。
戸惑ったのは一瞬で、気付いたらもう―――

「んっ…ふぅ…」

かかるお互いの吐息と、触れ合う唇。
薄い唇の感触が、気持ち良かった。
漏れる自分の息が、恥ずかしかった。

「はぁ…」

唇が離れた瞬間に、涙の跡を先生は指で拭ってくれた。

「君が泣く必要なんてないんだ、ルルーシュ」

まるで昔から恋人同士だったかのように。

「僕も、君が好きだよ。ルルーシュ」

慈しむように、壊れ物を扱うように。
優しく先生は俺を抱きしめてくれた。
混乱と、嬉しさで、俺は言葉が出せなくて。
先生の大きな男らしい背中に、両腕を回した。






落ち着いてから保健室を見渡すと、いつの間にかC.C.の姿は見えなかった。
逃げたな。

「そういえば、先生」

「スザクでいいよ」

子供っぽい笑い方。
いきなりキスをするような強引な男なのに、なんだこの可愛さは。
高鳴る心音を悟られないように、俺は尋ねた。

「先生はいつから起きてたんですか?」

「え………?」

なんだその明らかに困った顔は。

「本当に寝てたんですか?」

「そ、それは本当!!信じて」

嘘を吐いているようには見えない。

「え、えっと…君の、『黙れ魔女』って声からかな?」

………初めからじゃないか!!!

「先生は信用できません!!!」

「ど、どうしてさ。正直に話したじゃないか!!」

「そういう問題じゃありません!!!」






ルルーシュ・ランペルージ。
念願の想い人との恋はめでたく成就。
しかしその道程は前途多難。
とりあえず信頼関係を築き上げることが、最優先事項なのかもしれない。






Title by "207B"


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