なんとも言えない薄暗い雰囲気と、消毒液の匂いがツンと鼻に染みて嫌いだった当初のころが懐かしい。もちろん今でも好きではないけど、
他のどの部屋とも違う冷気が、首筋を撫ぜる。
独特の医療薬品や機器の匂いがしみついた白衣が、まだ汚れのある手術台の上に放り出されてあったり、さっきまでコーヒーがはいっていたマグカップが手術器具と一緒に洗われていたりと普通では信じられないような無神経さ。
この部屋にある全ての医療道具がこの船の船長のものだった。コッヘル、メス、クーパーは当たり前、カテーテル、ペースメーカーなんてものもある。この人は本格的に医者としてやっていくつもりなんだろうか。
一応船医もいるというのに。
「お前が喜ぶような物はないぞ」
振り向いた先で、入り口に立つローが湯気のたったコーヒーを淹れたカップを手にしながら言った。
全部ふき取ったつもりなのかもしれないけどキャプテン、返り血が胸元についてますよ。なんて言う前に気づいた彼はぐいっと汚れを手のひらで拭う、染みになってしまうのに。
「終わりましたか?」
「あァ」
「それで、敵は」
「あんなものを敵と呼ぶのか」
「…キャプテンからすれば呼ばないでしょうね、きっと」
「だが奴らでも懸命に戦う姿は勇ましい」
「それは褒めてるんですか?」
「…そう聞こえるか?」
「…いえ、皮肉にしか」
「だろうな」
そういうつもりで言ったんだ、くつくつと喉の奥で笑いながらそう言う彼、本当に意地が悪い。
甲板ではみんな後処理をこなしているんだろうが、そこを見計らって抜け出してくるのは彼のいつもの行動パターンだ。そしてそれと同時にあたしも部屋の奥へ隠れに行く、敵の死体なんて片付けたくないから。
「誰か死にましたか?」
「さあな」
「……素っ気ない」
「いちいち気にしていられねぇだろ」
何人いるかわからない船員の中で、一人や二人の命が消えていくのは戦いのなか日常茶飯事だから、気にしろというほうが大変かもしれない。
もし、もしもだ、彼以上に強い人が攻めてきたとする。真っ先に死ぬのは自分だろうと宣言できるほど、あたしはそれほど弱いことを自負していた。
だが他の仲間にまぎれて切り刻まれてしまうぐらいなら、
「もしあたしが、死ぬとしたら」
「ここがいいです。」
急になにを言い出すんだこの女は、とでも言いたげに一瞬驚いたように上がった眉は次の瞬間すぐにまた元に戻って、彼の瞳がすっと細くあたしを映した。
そして囁くように彼の口からもれた言葉。
「勿体ねぇな」
―それはどっちが?
死に行くあたしのために高価な医療機器を使うのは勿体ない、かそれともあたしが死んでしまうのに医療機器だけでは物足りないということなのか。
あえて聞くことはなかったが、次の彼が発する言葉に答えは潜んでいた。
「お前が死ぬのは、俺の腕の中で十分だ」
途切れる愛に糸などなくても
(お前を抱くこの腕さえあればいい)
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