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おれを嫌いになってくれ。
01
―― 一年前。


「知ってるか?風紀委員の遠野、好きな奴がいるらしいぜ」
「え…」

唐突な話しだった。
まさに寝耳に水で、動揺が表情に出なかったのが、奇跡に思えたほどだ。

「しかも、これからコクりに行くとか。だれだろうな、相手」

生徒会室で、先輩方がいなく、黙々と仕事をするのにも飽きていたときだった。書記をしていた溝落は、それを酒のつまみにするように、言葉を続けた。

「あいつ、絶対面食いだぜ。相手は美人系?可愛い子系?」
「…さあ。興味ねえよ」

ウソだった。
澄ました顔をしながら、胸の内は遠野の意中の相手はだれなのかと目まぐるしく詮索していた。

――俺だったらいいのに。

そんな思いが浮かんでは消えていく。
背が高く、黒目黒髪の二年の抱かれたい男NO1じゃ、遠野の食指も動かないだろうが。

それでも期待せずにはいられない自分が浅ましくて…。

「早く仕事終わらせるぞ。先輩達が戻ってくる」

そう言って、書類に目を落とした縁司は、向かい合わせの溝落から顔を背けるように俯いた。



―――



生徒会の仕事を終わらせ、全寮制の部屋に戻ってくると、タイミングよく扉をノックする音が響いた。

「はい」

首もとからネクタイを引き抜こうとする手を止め、縁司は扉を開ける。
そこに同じクラスの紀野がいて、首を傾げた。

「どうした?いきなり」
「ごめん、公弘。連絡なしに押し掛けて」

紀野は小柄で、学年問わず可愛いともてはやされている校内の有名人であった。
抱きたい、抱かれたいランキングの上位者で構成される生徒会に、惜しくも当選を果たせなかった童顔の男だ。

「じつは遠野くんがどこにいるのか、知らないかと思って」
「遠野…?」

その名前を聞いた途端、心臓が嫌な音をたてた。
先ほど生徒会室で彼がだれかに告白すると聞いたばかりだ。

まさかという思いが、喉まで競り上がった。

「これから遠野くんと会う約束してて。それで探してるんだ」
「――」

恥じらうように視線を外しながら告げる顔。紀野は頬をわずかに染め、妙に落ち着きがない。

まるでこれから、告白でもされるかのように――。

「公弘は生徒会で、風紀とも仕事が一緒になったりするでしょ? 今日は風紀の仕事があるとか、聞いてない?」

喉が張り付くくらいに渇いていた。

どこかに否定できる要素はないかと何度も紀野の言葉を反芻するが、ダメだった。

(遠野は…紀野が好き…?)

イヤだった。

遠野に失恋するどころか、紀野の態度からするに二人は両想いだ。
これから遠野と紀野が仲睦まじく二人でいる光景を見ることになるなど――。

「遠野は―…」

気付けば口は、縁司の意識から離れたように勝手に回っていた。

「俺と遊ぶことになってる。紀野と会うなんて言ってなかったけど?」
「…え――」

茫然と見開かれた瞳。
悲しみと裏切りに泣くように、それはみるみる切なげに歪んだ。



出来心だった、といえば、それは都合が良すぎるだろう。
しかし、あれがこんな結末を生むとは思わなかったのだ。

どれだけの気持ちを遠野へ寄せていたのか、傷心した紀野は泣き崩れ、ついには転校してしまった――。


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