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リミット
01
接客マニュアルというものがある。

「お待たせ致しました。XYZです」

枷原快は頭をさげ、柔らかな笑みとともにカクテルをカウンターテーブルへと置く。しかしそうした途端、客である女性は吹きだした。

「ちょっと快…!どうしたのっ…!?」

そのまま肩を振るわせ、口元を手で隠しながら笑い声をあげる。

あまりの態度に、快は憮然として眉を寄せた。

「なんすかそれ。ここ笑うところですか?」
「だって…!キャラじゃないじゃん…!」

涙まで浮かべ始めた常連客に、そんなこと言われるまでもないと、ますます眉を怒らせた。
らしくないことは自分が一番わかっていた。

夜の店が集まる蘭華町は、夜の八時から深夜一時までがもっとも混む。
仕事帰りや出会いを求めて、癒しや酒を楽しみたくて、理由はそれぞれあれど、二十代から五十代と幅広い年代が集まっていた。

「しょうがないんすよ。マスターが接客に気合い入れ始めて」
「村岡さんが?」

その蘭華町を四区に分けた南区に、快がアルバイトをする店、リミットがある。
働いてから一年。黒のタイに同色の上下のスーツもすっかり着なれた。

スーツに合わせたかのような黒い髪に、吊り目がちの黒の瞳は、普段よりも不機嫌に吊り上がっていた。

「この街は飲み屋の激戦区ですからね。サービスにも力入れてかないと」
「快はいまの生意気なままのほうがいいのに」
「なんすか、それ」

本日二度目の台詞が快の口をついて出る。

「生意気だけどかっこいいから、なんか許しちゃうんだよねえ」

そう言って、ふふふと唇で笑う栄子は、快がリミットで働くまえから店に通う常連客である。
二十代なかばほどで、緩く巻いたロングの髪が女性的だ。
そんな彼女から見て、二十一歳と公言する快は、弟みたいなものなのだろう。なにかと快がいるカウンター席を陣取り、話しかけてくる。

しかしそういう客は珍しいことではなく、女だけに限らず男までもが快を目当てに店を訪れていた。

(酒が入ると口説く相手はだれでも良くなるんだろうな)

アルバイトが終わる時間まで待ち伏せされ告白されることもあったが、快が浮かれることはなかった。

酒が入った人間の言動を鵜呑みにするほど、自分はお人好しじゃない。
それを真に受け、あるいは逆手に取って恋人やセフレという関係に持ち込む同業連中もいたが、快には到底真似できなかった。

そういう冷めたところが、また良いと言われる要因であったが…。


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