リミット 08 カウンターの中で快の肩が跳ねる。 扉に取り付けた鈴が鳴るたびに、肝が冷えた。 (さっきは逃げれたけど…店に来られたら逃げ場がねえじゃん) 伸也から逃げ出し、リミットの開店に間に合ったのは良いものの、自分を追いかけて店まで来るのではないかと、快は気が気じゃなかった。 黒の制服を着て客に向き合っている今も、心臓が変に鼓動を刻んでいる。 手に持っているグラスを滑らせたのは一度や二度じゃなかった。 「快くん」 開店から三時間が経ち、店が最も忙しい時間に入ると、マスターから落ち着いた声音で呼ばれた。 何か失敗をしたかと、踏み出す足が鈍る。 「なんすか」 「すまないんだが、厨房のごみ袋を外に捨ててきてもらえないか?随分とたまってしまってね…」 「いいっすよ。燃やすごみだけでいいんすか?プラは?」 自分の不注意じゃなかったことに安堵し、快はカウンターの奥にある厨房へと入る。細長いビルのワンフロアを借りて店にしているため、厨房も人がすれ違うのがやっとの狭さだ。 手際良くごみをまとめ、厨房から外階段を使ってビルのわきにあるごみ捨て場へ下りる。 「すげえ人」 わきからビルの正面がある表道路を見れば、飲み足りない連中が二軒目を探して千鳥足で歩いている。 明日が休日だからか、時間にゆとりがあるようだ。 「こっちはバイト中だってのに」 快は愚痴りながら彼らに背を向け、階段の手すりに手をかける。 しかし背後から首に腕を回され、階段から離された。 「嫌なら辞めればいいんじゃないか?」 「あ、あんたっ…!」 驚きの声が口をつく。 背中から押さえ込んでくる相手は、伸也であった。 首とともに両肩を固められ、伸也を突き飛ばすことができない。 足をばたつかせたところで、むなしく空を切るだけだった。 「暴れるなよ。体力なくなるぜ」 「だったら離せよっ…!」 「それは駄目だな」 耳元をくすぐる声は低く、明らかに笑いを含んでいる。 (百戦錬磨で南区のリーダーにやったやつにしてみれば、俺なんか赤ん坊同然だっていうのかよっ…!) 悔しいが、伸也の拘束から抜け出せそうにない。 店まで来るんじゃないかと予想していたが、顔を付き合わせてみると、やはり慌てずにはいられなかった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |