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トップシークレット
08
(……)

嫌な記憶だった。忘れられない記憶でもある。

それからだ。自分をかばった兄が忘れられず、兄が生きていたらとそんなことばかり考えるようになったのは。
優しくて優秀だった兄。彼が生きていれば喜ぶ人は沢山いたであろうと。

なぜ生き残ったのは自分なんだろう――。

兄の形見の指輪をはめて、兄のことを思った。雅も兄が大好きだったから。

だがそうしているうちに、自分自身のことが意識から消えていってしまった。
やりたいことなんかない。将来の夢もない。自分に何が起ころうと、興味がない。
唯一、兄が受験を望んでいた屋之高校に入学したかったくらいで。

不思議なことだと思う。そうやって自分に興味がなくなると、他人のこともどうでも良くなってしまうのである。
冷めた人間。
喋らない奴。
恐い――。

そう言われることすら、どうでも良くなってしまったけれど。

「その指輪って、何か意味があんのか?」

だから嵩林の存在は貴重なのである。

「おい、雅?聞いてんのか?」

むしろこんな自分に話しかけてくるのだから理解できない。

返事をしない雅に、嵩林の眉間のしわは深くなっていく。そろそろまた怒鳴られるかもしれない。
そうなる前にと雅は口を開いた。

「聞いてる」

そして指輪から視線を外し、嵩林へ向ける。
クセのある黒髪が瞳にかかり、力強い色っぽさがある。だがそんな外見とは裏腹に、他人をからかったり世話を焼いたり。
普通の人間に優しくするならともかく、どうして雅にまで気を配ったりするのだろう。

理由がわからないものは――気味が悪い。

「お前って…面倒見良いよな。生徒会長だからっていうのもあるんだろうけど」

雅の瞳には何の感情も浮かんでいない。嵩林を問い詰めたいわけでも拒絶したいわけでもない。
ただ純粋な疑問。

「仕事が溜まってるからって、俺のことなんか放っておけば良いだろう。友達でもない、ただ生徒会で一緒っていうだけなんだから」

そして重ねて問う。

「俺達は赤の他人だろう?」

雅の静かな問い掛けが終わると、生徒会室に静寂が下りた。時計の秒針だけが響いている。まるで雅一人でいたときに逆戻りしたかのように。

嵩林は手元に視線を落とし、溜め息を吐いた。
見放されたのだろうか。これだけ世話になっておきながら "他人" と言い切る自分に。嫌になっただろうか。

だとすれば、それは当然の感情だ――。

「赤の他人でも…心配くらいするだろ」

低い声でそう告げた嵩林は、何とも言えない表情をしていた。
席を立ち、雅のほうへ歩いてくる。
見上げるほどの長身だ。執務机の前でなく雅のすぐ横へ来た彼は、やはり複雑そうな顔で雅を見下ろしていた。

「見ず知らずの妊婦が産気付いてたら、救急車呼ぶくらいするだろ」
「俺は妊婦じゃない」
「知ってるよっ」

嵩林は苛々と返し、机に寄りかかる。

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あきゅろす。
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