[携帯モード] [URL送信]

トップシークレット
05
雅にしてもあれは良い思い出ではなかったが、嵩林にとっても同じことだったのだろう。
だから飯垣にからかわれ機嫌が悪くなった。

(でもなんだかんだ言って、嵩林は人が良いんだろうな)

雅は去年のことを思い出しながら、教室に急いだ。
生徒会の仕事が途中であったが、今日使った教科書を机の中に入れっぱなしだと思い出し、生徒会室を抜けてきたのだ。

べつに毎日教科書を持ち帰って家で復習をしようなんてことじゃない。

「忘れたことに気付かれてなきゃいいけど…」

二年一組のまえで足を止め、ドアを開ける。教室にだれもいないのを確認すると、足早に室内を横切り自身の机の中から教科書を引っ張り出した。
雅は眉間にしわを寄せる。

「遅かったか…」

思わず舌打ちがもれる。
教科書はどれもカッターのようなものでズタズタに切られ、修復が不可能にされていた。

前髪をくしゃりと掻き上げ、重い息を吐く。

「これで何回目だよ…」

こうなるから毎日教科書を持ち帰って机の中を空にしていたのだが、今日に限って忘れてしまった。たった一度忘れた隙をついて教科書をダメにしてくれた彼らへ、ストーカーかと嫌みの一つも言ってやりたい。

(声を掛けたところでムシされるのがオチだろうけど)

残骸となった教科書を持ってきていたカバンに詰め、しっかりとチャックを締めた。
自分が嫌がらせを受けていることを、誰にも知られたくないからだ。

主謀者はわかっている。同じクラスの椎名瑞希だ。
猫っ毛のふわふわとした髪に大きな気の強そうな瞳が印象的な、可愛い顔立ちの生徒である。いつも取り巻きを連れていて、天使のような笑顔を浮かべている。
だが椎名はその取り巻きを使い、クラスが同じになった今年の春から、雅に嫌がらせをしているのだ。

初めて教科書をボロボロにされた日、驚きに目を見張った雅は強い視線を感じて振り向いた。その先にいたのが、雅を嘲笑う椎名であった。

自分の手を汚さないところがいけ好かない。

といっても、椎名がこんなことをする理由はだいたい納得できた。
他人に興味を持てない自分は、とにかく反応が薄い。喜怒哀楽を表現する表情筋はめったなことでは動かず、時には恐いと言われていることを知っている。
もし好意的に近寄ってきたのに、雅がそんな態度では反感を買うのは当然だ。
椎名とは話す機会がないため理由は訊けていないが、彼がこんなことをするのは雅のそういう部分に付随するのであろう。

椎名の気持ちはわからなくないのだ。だから教科書をダメにされても、あからさまなムシをされても、下駄箱やロッカーにゴミを入れられても、しょうがないかの一言で済ませてしまう。
公にもしたくないので、誰にも言っていない。友達がいないので、そもそも言う相手もいなかったが。

でも。

(嵩林がこれを知ったら、少しは怒ってくれんのかな…)

それとも、生徒会の仕事に支障はないからと、見てみぬフリをするだろうか。

雅は自嘲に似た笑みを浮かべる。

「まあどうでもいっか…」

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!