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Brother in law
25
二年一組の教室に着くと、曜介は躊躇なく扉を開けた。すでに授業が始まっていたが、静かに入ろうなどという殊勝な心掛けは、生憎と持ち合わせていない。

「お、大風、遅刻だぞ」

なにも言わずに席へ着こうとする曜介に、教壇から声がかかった。見れば、年配の男性教諭だ。白髪混じりの古文の教諭は気が小さく、曜介を咎める声にも覇気がない。
教師でありながら、曜介が恐いのだろう。

(眼が合って逸らすくらいなら、最初っから話しかけんじゃねーよ)

クラスメートはよくわかっており、遅刻した曜介などいないかのように、まえだけを見ている。曜介が好奇の視線を鬱陶しく感じると知っているのだ。

ただし、後ろの席である黒渕だけはべつであった。

「曜介、十三分の遅刻だよ。今日は来るの早いね」

おもしろがるような瞳で、わざとらしく壁時計を指してくる。
それに曜介は肩をすくめた。

「秋羽と一緒だったんだよ。あいつは俺より遅れてるかもしれねえけど」
「へえ、事件のにおいだね。やだやだ」

黒渕は小声で続け、シャープペンシルを置いた。彼にとって、古文の授業など取るに足らぬようだ。

「どうして曜介は問題ばかり起こすんだろうね?生徒会長としては、おとなしくしててもらいたいんだけど」
「なんも起きてねえよ」
「だったら、どうして秋羽くんが遅刻するの?彼、真面目だから遅刻なんてしたくないだろうに」
「……」

どうしてもこうしてもない。

(玄関で真木が待ち伏せしてるなんて思わなかったんだよ)

男から腕を絡められた曜介の姿に、ものも言えず、固まっていた秋羽が脳裏によみがえった。

(見たくないもん見せちまったな。あいつ、驚いてたし…)

親指で下唇を押し潰し、曜介は物思いにふける。

三年前と同じ失敗はしたくない。

秋羽は繊細だ。一人でいた時間が長かったせいか、対人関係において人慣れしておらず、傷付きやすい。

男だけの生活環境で秋羽がやっていけるのか、曜介にはそれすらわからないのだ。

(繊細なうえに頑固で意地っ張りってなんなんだよ)

スラックスに入れていた携帯が震え、曜介は取り出した。教壇では、必死に曜介を見ないようにしていることだろう。

画面を操作して、届いたラインを確認する。
雛形からだった。

――昼休み、いつものところで。絶対だよ。

(さっきの埋め合わせをしろってことか)

後ろからイスの下を爪先でこつこつと蹴られた。黒渕が返事を催促しているのだろうが、ムシしていれば諦めるだろう。
黒渕は問題ないのだが。

雛形はすべてを自分の思い通りにしようとする。
曜介が言う通りにしなければ、盛大に機嫌を損ねるのは間違いない。

「廉、今日の昼休み、飯別々な」
「…いきなりなんの宣言?そんなこと聞いてたんじゃないんだけど」

しかし曜介が答えないでいると、これみよがしに溜め息を吐いた。

「はいはい、お盛んなんだね。いま何人いるの?」
「秋羽に余計なこと言ったらぶっ殺す」
「……とうとう人語が理解できなくなったようだね」

すばやくラインの返事をして、携帯をしまった。
まだ今日の授業が始まったばかりだというのに、長い一日になりそうな予感がした。

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