Brother in law
17
その先輩がだれなのか、秋羽にはわからなかったが、南は二年生だけあって知っているようだ。
舌も滑らかに説明をしてくれる。
「あの人は雛形真木さん。去年副会長をやって、冬くらいから大風とよくいるよ。顔はかわいいと美人がうまく同居しててだいぶ良いけど、性格はきついって噂の人」
「……」
「大風の彼氏とも言われてるんだけど、秋羽はなんか聞いてる?」
「…いえ…」
聞いてなかった。なにも知らなかった。
(兄さん…男もイケるようになったんだ…)
なぜだかそのことが、どうしようもなく悲しい。
雛形という彼は、透き通るような綺麗な髪をしていた。白い肌と茶色の髪がよく似合っている。距離があるため、顔立ちまでは判然としないが、身体から光を放っているようなオーラがある。
あの曜介といても、まったく見劣りしていなかった。
二人は立ち話をしていたが、しばらくすると校舎に入っていった。三階の廊下から眺めていた秋羽のことなど、視界に入ってもいないのだろう。
「秋羽も知らないのか。あの二人、どっちから口説いたのか興味あったのに」
「…すみませんね、お役に立てなくて。それと馴れなれしく俺の名前呼ぶのやめてください」
「は?なんでよ」
校舎に消えた二人から、もう南は興味をなくしたらしい。
こんな凍えそうな思いを秋羽に植え付けておいて、能天気な顔をする南に、秋羽は理不尽な苛立ちを覚えていた。
「自分が生徒会の会計で、目立つって自覚があるんでしょう?そんな人に呼び捨てにされる俺の立場も考えてください」
「またまた。大風の弟がなに言ってんの」
「…っ…」
心はナイフで抉られたようになっていた。暗い深淵に冷たい風が吹きすさび、瞳に涙が盛り上がりそうだ。
(だめだ…泣いちゃだめだっ…)
南から不審に思われてしまう。じつの兄弟だったら、兄がだれと付き合おうと気にならないのだろう。
しかし曜介とは血の繋がりがなく、恋心まで抱いてしまっているのだ。
平然とあんな二人を見ていられるはずがない。
曜介は女好きだと思っていた。だから男子校で寮生活を送っていることに安心していた。
(男でもいいのならっ…俺はあと何回あんな光景を見させられるんだろうっ…)
口を開かなくなった秋羽を訝しんでか、南が低い声で問う。
「秋羽…?どうした…?」
それにも、やはり応えることができない。
南は肩に回していた手に力を入れ、秋羽の顔を覗こうとする。咄嗟に顔を背けたさきで、秋羽は息を呑んで硬直した。
「兄さん…」
「秋羽…お前なにやってんの?」
曜介は一人だった。どこで分かれたのか、雛形の姿はなかった。
「おっと、兄貴の登場か」
南はあっさりと秋羽から手を離し、曜介の睨みを笑って受けとめる。
秋羽がそんな様子を瞳に映していると、南がおどけた調子で片眼をつむってきた。
「俺は退散するわ。また生徒会でな、秋羽」
「……」
去っていった南を、秋羽は訳もなく眼で追っていた。
きっと現実と向き合いたくなかったのだ。
そんな秋羽の視線を南から引き剥がすように、曜介から逆の肩を掴まれる。
「言ったはずだぞ?会計には近付くなって」
「……べつに…俺から近付いたんじゃない」
「あいつに付きまとわれてるって言いたいのか?」
「そんなんじゃない…」
どうしても曜介を見られなかった。下ばかりを向いて、眼を合わせようとしない秋羽に痺れを切らしたのか、曜介が秋羽の顎を掴んで上向かせた。
「だったらなんだってんだ。俺が納得できる説明をしてみろよ」
「痛いよ…放してっ…」
顎にあった曜介の手を叩き落とした。乾いた音がし、注目を集めてしまう。
だがそんな周囲の視線より、曜介の睨みのほうが、ずっと肌に突き刺さった。
秋羽はこの場から消えたくて、足を引く。
「次の授業…始まるから」
「秋羽…!」
伸びてきた手を避け、秋羽は走り出した。
不毛な恋なんて捨ててしまいたかった。
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