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短編
08
SIDE:真里奈

「なにが食べたい?」

会がお開きになり、空気に冷たい風が混ざり出した頃、真理奈は透季と駅前にいた。

「野上が好きなもの食べに行こう」

そう言って爽やかに笑う透季を、真理奈は直視できずにいた。
落ち着かない。どこを見たらいいのかわからない。心臓がうるさい。

(顔…赤くなってないかな…)

どうして信彦と分かれてしまったのだろう。透季から食事に誘われたとき、信彦も一緒がいいと言えばよかった。そうすれば、透季も友達を連れて四人での夕食になっていたかもしれない。

(そのほうが、絶対緊張しないで済んだのに…)

でもなぜだろう。透季に誘ってもらえて嬉しかったのだ。だからまともに考えられなかった。

返事をしない真理奈を不審に思ったのか、透季が眉を寄せた。

「どうした?駅前じゃないところがよかった?」
「いや、そういうわけじゃ…」
「いきなり大人しくなったな。もしかして緊張してる?」
「そっ…そんなわけないだろ!」

咄嗟に否定したのは図星だったからだ。思いを知られてるんじゃないかと不安になった。

だが、それは勘違いだったようだ。透季はやっと反応があって満足したように、にやりと笑った。

「やっとこっち見たな。安心したよ」

透季の指が優しく野上の髪を梳く。振り払いたかったが、それができないほど体が強張ってしまっていた。

(絶対…女慣れしてる)

透季の言葉、態度からありありと滲み出ている。
たらしなのだ。透季ほど格好よければ、たらされる女が山ほどいるのはわかる。でも女だからいいのであって、男の自分がたらされるわけにはいかない。
これは危険だ。

「じゃあ野上、ふだん友達とごはんどこ行くの?」
「え…?」
「友達とごはんくらい食べに行くだろう?どこ?」

それは真理奈に合わせようとしてくれているのか。子供扱いされているんだろうか。
屈辱なはずなのに、透季はずるい。そんな優しい顔をされちゃ、視線を離せなくなるじゃないか。

綺麗な二重とすっと伸びた鼻筋、薄い唇。目元にかかる茶髪はまるで計算されたように彼の顔立ちを引き立てている。
抗っても見惚れてしまう。
真理奈は口を開いた。

「スパゲティ…」
「……は?」

無言で見下ろされて、はっとした。スパゲティだなんて大人な透季には不似合いだ。

「いや、ち、違う!そうじゃなくて!」

そうじゃなくて、なんだというのか。
自分でもなんと言いたいのかわからなかった。ただ透季に子供だと思われたくない。呆れられたくないのだ。

気が焦るばかりで、言葉が続かなかった。すると頭上で吹き出す音がし、透季が肩を震わせる。

「くくっ…、わかった、じゃあパスタな。近くのファミレスがいいんだろ?」
「……へ?」

顔に熱がのぼっていく。見透かされたと感じるのはどうしてだろう。
しかもスパゲティなんて、笑われてもしかたない言い方をしてしまった。

「そ、そんなこと言ってねーよ!勝手に決めるな!」
「はいはい、ミートスパゲッティは茄子入りがいい?」
「だから違うって!笑うな!」

いくら抗議したところで、透季は笑いをおさめなかった。
むかついて腕を殴っても、頭を撫でられて子供扱いされるだけ。

でもそんな時間がたまらなく楽しかった。

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あきゅろす。
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