アンダーグラウンド
03
邑史はシャワーあがりの裸体を、洗面所の鏡で確認する。頻繁にケンカをしているというに、その体は白く傷一つ見当たらない。着痩せするタイプで、脱げば体全体に筋肉がついているのが伺えるのだが、女にしか見えない顔立ちのせいで、ケンカ相手にはよくなめられたものだ。
今では邑史のチームはこの辺り一体を統べるまでになり、邑史を侮る命知らずはいなくなった。
「で?なんの用だよ」
どうでもいいことばかりを喋り、なかなか用件を言おうとしない母を本題へと促してやる。
昨夜のケンカで傷どころか痣一つできなかったが、さすがに体力は消耗した。
まだ高校生である邑史は、一時間後には授業が始まる。一限は自主だからサボる気でいるが、少しでも休めるよう学生寮のベッドで仮眠をとりたかった。
しかし予想に反し、聞こえてきたのは呆れまじりのため息だった。
『あんたのこと心配して電話したんじゃない。まだケンカしてるんでしょう?』
「…ああ」
母の言葉で合点がいき、邑史は相槌をうつ。
不良チームの総長をしていることは、母に伝えていた。隠すことでもないので以前話の流れから口にしたのだが、やはり心配をかけてしまったようだ。そのことでわずかな罪悪感が胸を去来したが、すぐになんでもないように邑史は言葉を続けた。
「ケンカってか、ただの殴り合いだよ。ガキ同士でやってる小競り合い程度の」
『でも場合によっては警察が介入することもあるのよね?あんたは自分の行動に責任を持てる子だと思ってるけど…。…ムリはするんじゃないわよ?』
「…わかってるよ」
小さな笑いが鼻から抜ける。
母子家庭の、母と子の二人暮らしで育ったせいか、邑史とて母を悲しませるのは本意ではない。
しかし母子家庭で育ったからこそ、不良チームをつくるに至ったのもまた事実だった。
母子家庭はなにかと肩身の狭い思いをする。公では支援なりなんなりと謳っているが、個人の感情は母子家庭を侮ることが多い。
母子家庭だから不利になっても泣き寝入りするだろう。男手がないから歯向かってこないだろう。だから――ぞんざいに扱っても大丈夫であろう。
そういう周囲の思惑は透けてみえる。母にも、そして小さな子供にも。
世間ほど不平等で下らないものはない。
「危ないことはしねえよ。大丈夫だから」
「なら…いいけど」
まだ少し不安そうな母を最後に一度励ましてから、邑史は電話をきった。
下着姿のまま、髪をタオルで拭きながらバスルームを出ると、時刻は朝の八時となっていた。授業が始まるまであと三十分ほどしかない。思いのほか時間をくってしまったようだ。
窓からは朝の日差しが入っており、テーブルとベッドしかない小さな部屋を白く照らしていた。
さっきまでの少年達の怒号が耳に蘇る。あれは現実であったはずなのに、朝の光のまえでは夢か幻のように感じるから不思議だ。
しかしだれに否定されようと、邑史にとっては夜だけが現実だ。あの場所が自分の生きる世界。学校など、通過儀礼にすぎない。
「早く夜になんねえかな」
数時間前の出来事を恋しく感じながら、邑史は体を休めるためベッドへ潜りこんだ。
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