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アンダーグラウンド
02
着信を知らせる音に、視線が携帯へと吸い寄せられる。水滴が滴る髪をタオルで押さえながら液晶を覗くと、そこにはよく見知った名前が表示されていた。

「もしもし」
『久しぶりねー!邑史。元気にしてる?』
「母さんほどじゃねえけどな」

三ヶ月ぶりに聞く母の声で、邑史の顔には苦笑が浮かんでいた。

邑史はケンカが終わると、自身が通う高校の学生寮へ戻ってきていた。そして一人部屋に設置されたバスルームでシャワーを済ませたあと、タイミングよく携帯が鳴ったのである。

明るく高い声は携帯越しでもよく届き、相変わらず元気そうな母の様子には安堵よりも呆れのほうが勝っていた。
変わってねえな…。

『久しぶりに話してるのに、その言い方はなんなのよ。もうちょっと優しい言い方覚えないと、女の子に好かれないわよ』

母は拗ねたように抗議をし、電話機の向こう側では綺麗な顔を不満気に歪めているはずだ。
すでに三十も後半だというのに、強気そうな瞳は輝き、化粧映えのする顔立ちは二十代にしか見えない。
邑史も、男だが綺麗としか言いようのない容姿をしているが、じつはそれは母親ではなく父親譲りのものだった。

『竜士みたいに女に生きるんでなければ、女の子にはモテてたほうがいいでしょう?』
「まあべつに、俺は父さんみたいにニューハーフになりてえわけじゃないから」
『だったらもっと優しくなりなさいよ』
「考えとくよ」

肩をすくめ、妥協案を提示する。
邑史が生まれて間もなく、自分はニューハーフとして生きると宣言し家を出て行った父親。
子育てという一大試練を母一人で背負い、おまけに離婚という戸籍に傷を付ける裏切りにまであった。
美人と評判だった母は、まさか自分が離婚をするとは思っていなかっただろう。しかも振る側ではなく振られる側という立場で。
周囲もそれは同意見で、離婚当初は相当気遣われていたという。
しかし母にとってみれば、戸籍に傷が付くことより、子育てを一人ですることより、最愛の人から別れを告げられたことのほうがショックであったはずだ。夫である竜士を、心底愛していたから。

『竜士のやつ、最近ますます綺麗になってきたのよ。化粧なんてそこらの女よりよっぽど上手』
「母さんが化粧解きなんかするからだろ」
『だって竜士が教えてって言うから…』

どんな理由でも会いたかっただけだろうが。元旦那と。
素直に本音を話さないところは邑史と似ている。いや、邑史が母に似たのか。
一緒に子育てはできないながらも養育費は払うと言った父に、母は今でも会っては女磨きのコツを教えていた。自分を裏切った男だが、愛していただけあり放っておけなかったのであろう。
すでに未練はないようだが、なにかあれば会い、たまにグチを邑史へ告げてくる。仲の良い証拠だ。

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あきゅろす。
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