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譲れない



音を立てないよう侵入には成功。それからだいぶ奥まで来たと思うのだが、建物の無機質な感じのせいでどこも同じに感じる。ここはバトルファクトリー…とかいう、レンタルしたポケモンでバトルを楽しむための施設らしい。今回はそのレンタル用のポケモンを盗ってくるのが仕事。

「足が疲れた…。広すぎるよ、この建物!ここどこー?ポケモンどこー?」

足のだるさから、誰かに見つからないよう気を使いながら進むのもとうとうやめた。人は誰も居ないし、進んでもずっと薄い緑のような青のような色があるだけ。

「だるい、疲れた!早く帰りた…」
「こんにちは、おねーさん。」
「………!!」

急に呼び止められた声に、すぐさま振り向いても誰もいない。…と思いきや少し視線を下げるとそこに声の主は居た。緑と黒が基調の服装をした男の子だった。いつの間に…

「あれー、聞こえませんでした?こんにちは。」
「…こ、こんにちは…。」
「こんなところで何してるんですか?」
「ちょっとお仕事をね。君こそ何をしてるの?迷っちゃったとか?」

何故ここに子供がいるかはさておき、自分がポケモンを盗みに来たという事実を知らせないようにするのが第一。だってまだ背もそれほど高くない子供なのだ、そう、ばれる訳がないだろう。

「ふーん…お仕事、ですか。」
「そう。ね、私はポケモンがたくさん居る所に行かなきゃいけないんだよね、どこか知ってる?」
「知ってますよー。…でも、」

急に片腕を強く引っ張られ視界がぐらつく。目線の高さが同じになって、視線がぶつかる。眠たそう、といえばそうかもしれないが、そんな気の抜けた表現では表すことができない雰囲気を持った目。じっと見つめられると、目を逸らすことができない。一刻も早くそうしたいのに。

「悪いお仕事してる人には、教えませーん。」
「…何言ってるの?放してくれないかな。」
「おねーさん、ロケット団でしょ?ぼくのファクトリーの子たちを盗りにきたんでしょ?」
「……っ!」

振り払おうと掴まれた腕に力を込めてみる。だが意外にもびくともしない。…それよりも今、『ぼくの』と言った?まさかこんな子供がここの責任者?
睨むように顔を見れば薄い、作ったような笑顔があった。その奥にある感情が読み取れなくてなんだか怖い。

「残念でしたねー、捕まっちゃうなんて。」
「…放して。」
「気が強いなー。あ、でもそんな人は好きですよ。」

ワーオ、と大して驚いてもいない表情で呟いて、そのまま淡々と言葉を続けるペースになんだか呑まれてしまいそうだ。喋り方も振る舞いもなんだか子供っぽくないし。

「ね、おねーさん美人だし、強そうだし、このままここで働きません?」
「冗談やめてよ、無駄なこと喋らないで。」
「本気なんだけどなー。それとも、警察に捕まっちゃうほうがいーの?仲間も居るんでしょ、みんな捕まっちゃいますよ?」

『仲間』の単語を出されて、準備していた反論の言葉が止まった。そうだ、私は一人でここに来たんじゃなかった。外にはまだみんながいて、捕まってしまったら作戦の、そして組織の痛手になってしまう。

「…私一人が捕まれば、みんなを見逃してくれるの?」
「はい。悪い話じゃないでしょ?」
「本当に?」
「ぼくは嘘つきませんよー。」

こんな子を信じ切れる訳がない。だけど、どうせ私は逃げられない。ならば、この子の言葉を信じて可能性に賭けてみるか…

「…何を馬鹿な話をしてるんですか、情けない。」

急に響いた聞き覚えのある声。顔を上げその声の方を振り向くとそこに居たのは思った通りの人物。

「ランスさん!」
「あれー。もしかしておねーさんの仲間の方ですか?」
「えぇ、残念ながらその通りです。あまりにも遅いので何をしているのかと思えば…このザマですか、なまえ。」
「ひどっ!助けにきてくれたんならもっと感動的な言葉を…」
「捕まっておいて何言ってるんですか。本当に手の掛かる…」

呆れと鬱陶しさを全面的に出した表情をしてランスさんはこちらを一瞥した。その顔恐いですよ。だが、すぐに表情を無に変えて男の子と睨みあう。無、といっても眼はぎらり、と威圧感に燃えていた。それに答える余裕のある薄い笑顔。どちらも全くそれを崩さない。

「その馬鹿を返してもらえますか、ご迷惑をお掛けして失礼しましたね。」
「いえー、手が掛かるんならぼくが貰いますよー。いいでしょ?おにーさんはどうぞ帰って下さい。」
「あなたの手には負えませんよ。」
「大丈夫ですよー。」

そして、お互い睨みあったまま沈黙。…ちょっと待て。二人とも、私を厄介者扱いしてない?いや、現に私はこうして捕まってしまっているドジだけど。ここは言わせてもらうべき…!

「……ちょっと!お二人とも…」
「あなたは黙ってなさい。」
「…はい。」

すみませんでした。ランスさん怖い。

「怒っちゃ可哀想ですよー。」
「もう一度言います。それを返しなさい。」
「いやでーす。」
「………ガキが」

舌打ちをして小さく呟いた後、ランスさんは光と共にドガースを繰り出した。すぐ横でそれに対して動く気配がしたけれど、辺りに煙が立ち込めて何も見えなくなってしまった。今のうちに、と手を振り払おうとしたら反対の腕を強く引っ張られる。何も見えない中でよろめきをなんとか立て直し、そのまま引きずられるようにして走った。


「むー、逃げられちゃったなー。」




「はぁ、はぁ…」
「…もう大丈夫でしょう。」

煙を抜けてからもかなり走った。手を掴まれたまますごい速さで走るものだから、もう足がくたくただ。止まった途端力が抜けてその場に座り込んでしまった。

「なに座り込んでるんですか。さっさと立ちなさい。」
「ちょっと…待って下さいよ…。あれだけ走ったんだから、休憩…。」
「あなたのおかげで作戦は失敗です。すぐにでもこのことを本部に伝えなければならないんですよ。」

私を見下しながらそう告げるランスさんはやはり流石と言うべきか、一つ溜息を吐いただけで息を大きく乱してはいなかった。

「早くしないと置いていきますよ。」
「えー、待って下さいぃ…!」

ふらふらする足になんとか力を込め、早足の後ろ姿を追いかけた。歩調を合わせて隣に付く。

「ランスさん、」
「何ですか。」
「今回は作戦を駄目にしちゃって、すみませんでした。それと、わざわざ助けてくれてありがとうございました。」
「……本当に迷惑な方ですよ、あなたは。」

彼は少し間を置いてそう言うと、顔を背けて先に行ってしまった。顔を背ける瞬間、ランスさんの頬が赤っぽく見えたのは、やっぱり走って暑くなったからなのかなぁ。まだ伝えたいことはあったけれど、足が限界なので追い付くのはあきらめて、ゆっくり後を追う。走る時に掴まれていた手はまだ少し温かくて、なんだか嬉しくなった。





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