三毛と上司 4
「仕事のできない無能にしては察しはいいな。ご契約者の命が保証される以上、後は契約を速やかに終わらせる以外ないでしょう」
「い、嫌です」
七三男の言葉に、ミケがギザギザの歯をむき出しにして唸った。
母親と取り交わした「息子の恋人と一緒に仲良く幸せに暮らす」という曖昧な契約が無効になる時。
それは、母親の人生が終わる時――しかし、母親の命は保証されている。
そして、もう一つは――
“息子”の存在が消えるということ。
俺がそこに思い至った時には、既に七三男の手元が青白く光っていた。
ほんの少し前まで俺が座っていたソファが丸くくり抜かれる直前、ミケは俺をかかえて、天井を突き破った。
「み、ミケーッ! おま、お前な!」
「ごごごごめんなさい、後で直すから!」
天国の親父……。信じられないだろうが、俺は今、空を飛んでいます。
俺を抱きかかえるミケの背中には、コウモリのような大きな羽根が生えていた。
せわしなく羽ばたいているわけでもないので、その羽根で浮力を得ているわけではなさそうだが、形式上必要なのかもしれない。
漫画のようでカッコイイ気もするが、いかんせんフリルのエプロンがまぬけすぎる。
足下を見下ろすと小さな家々の屋根が見えて、さすがに肝が冷えた。
ヒュン、と青白い光が空中を走った。
「うわっ!」
慌ててそれを避けたミケの背後に、いつの間にか七三男が現れた。
振り向く間もなく、七三男の手から放たれた光が、ミケの頭部をぶち抜いた。
……え。
目の前で起きた光景を受け入れられないうちに、俺は草むらの上で七三男に組み敷かれていた。
呆然としている俺の制服のボタンが引きちぎられ、首元が露わにされる。
「ふん……。やはり花押を与えられていましたか」
「か、おう……」
オウムのように繰り返す俺に七三男は目を細め、首もとにある赤黒い痣を指でなぞった。
「この所有印を与えた悪魔が生きている限り、貴方は半不死身です」
「み、ミケは生きてる、のか?」
「貴方が生きており、花押も消えていない以上、結論は一つです」
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