違うアイツ 2
――アイツ、って誰だ?
あの日から、何ヶ月か過ぎていた。
俺は、自分から抜け落ちかけてるものに気がついて、ギクリとした。
どうでもいい先公の名前は覚えてるのに。
アイツの名前が出てこない……。
昔から俺は人の顔の区別がほとんどできない。
子供の頃、あまり人と接しない生活をしていたからかもしれない。
髪型や体型、声やしぐさ、服装でかろうじて区別はできる。
顔のパーツの善し悪しも良く見ればわかるけれど、むしろ個性的な顔のヤツの方が見分けられた。
だけど、制服を着るようになった中学からは、どいつもこいつも同じに見えた。
大量のひよこを前にして、ひよこを一匹ずつ見分けろ、と言われている気分。
髪を染めた不良は見分けられる。カラーひよこみたいなもんだ。
俺は親父とそっくりだとよく言われた。だから、髪の毛を真っ白にしてやった。
その途端にカラーひよこどもが絡んでくるようになった。
殴り飛ばせば、「芹沢」と名前を呼ばれるようになった。
ようやく誰かに自分を見てもらえた気がした。
痛みがあれば、生きているという気がした。
正直、何かの間違いで死んでも良かった。
人の名前を覚えるコトも苦手だった。
何か印象的なコトがあれば覚えている時もあるけれど、適当に呼び、しばらく経てばすぐ忘れる。
名前なんて飾りだから。
唐草って先公はくそ真面目な頑固ジジイのくせに、泥棒が担いでる風呂敷と同じ名前なもんだから、何だかやけに覚えている。
だから、唐草の顔は覚えてねーけど、頭の中で勝手に泥棒髭がはやされていた。
口うるさくて大嫌いな先公だったけど、覚えている先公といえば唐草だけだった。
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