通りすがり以上 7 泣くつもりなんかこれっぽっちも無かったのに。 おじさんは、ポケットの中を漁って広告入りのティッシュを差し出した。 それはまだ封も開いていないのにヨレヨレだったけれど、おじさんに返す五千円と家の鍵しか持って出て来なかった私は、ありがたく受け取った。 「……実の娘に手を出すなんて、許せんな」 ぼそりとそう低い声で呟いたおじさんの言葉に、私は首を横に振った。 「ううん、母の再婚相手。実の父は記憶もないくらい昔に亡くなりました」 「……。そっか……。今はお母さんと二人?」 「はい」 「こんなしっかりした娘さんに育ったんだ、素晴らしいお母さんなんだろうなぁ」 そう言うと、おじさんは私の頭をポンポンと優しく撫でた。 「自慢の母です」 私が涙をぬぐいながら笑うと、おじさんも笑ってくれた。 「そっかそっか!」 「おじさんもいいお父さんなんですね」 「エッ……」 私の言葉に、おじさんはキョトンとする。 「母は、別れた父が私と会うのを一切許していません。娘さんと会わせてもらえるんでしょ。ちゃんと信頼されているんですよ」 「うはッ、何か照れるネ。そうあるべく頑張るか」 おじさんは、顔をクシャクシャにして笑った。本当に嬉しそうだった。 「……私、そろそろ帰りますね。お魚が傷んじゃうから。五千円、本当にありがとうございました」 「いーえ、貸しただけだから。勉強、頑張ってネ」 「……はい」 そう言って頭を下げて家に向かう。 曲がり角で一度だけ振り向くと、おじさんはもう煙草を吹かし始めていた。 私を気遣って吸わないでいてくれていたのだと気がついて、嬉しくなった――。 [*前へ][戻る] |