babysitter
7日目
「…こうしてお爺さんとお婆さんは幸せにくらしました。めでたしめでたし」
「…ママン、もうめでたしめでたしのお話はいらない」
何とか寝かしつけようと朝から立て続けに昔話を読み聞かせていたんだけど、マーモン隊長もといバイパーさんは寝る気はないらしい。
イタリアにはあんまり馴染みがない日本の昔話を読んでるのも悪かったのかな?でもXANXUS様がくれた本だし、私はイタリア語なんかほとんど分からないから他に選択肢はないんだよ。
そんなXANXUS様は今日はお仕事で朝からいないので平和に過ごせそうだ。
「…バ、バイパーちゃん、眠くなりません?」
「ぜーんぜん!」
すこぶる絶好調みたいだ。
あれ、おかしいな。赤ちゃんって読み聞かせしてたらいつの間にか寝てる的な生き物だと思ってたんだけど。
寝てくれたら私一人の自由な時間が出来る筈…それを狙ってここ数日試してきたんだけど、今のとこ一度も成功しない。
「情操教育だ、情操教育」
XANXUS様も何かにつけてそう言ってたから読み聞かせなら文句ないだろうと思ってたのに。ちっ。
「もっとリアリティのあるお話じゃなくちゃつまらないよ」
そう言ってXANXUS様が読んだ後の新聞をふわふわと魔法のように引き寄せると、早速株価をチェックし始めた。
いやだよ、こんな赤ん坊。
「数字ばかりで面白いの?」
イタリア語と数字がズラーッとならんだ紙面に吐き気がした。
私には何が書いてあるのか全く分からない。
例えお天気情報だったとしても悲しいかな分からない。
「面白いよ、特にゼロが横並びに増えてくのなんか堪らなくワクワクするもん」
「ふ、ふうん…」
この子はズレてる。残念ながら歪んでいる。
気持ちを通い合わせることが出来ないまま私は結局親子ごっこを続けているのだ。
「ねえ、じゃあママンとパパンの馴れ初めを教えてよ!」
「へっ?」
その方がドキュメンタリーな話だもんと嬉しそうに私の膝に乗ってきた。
いやね、そのね、馴れ初めと言われてもね…アナタが記憶喪失にならなければ会話すらしないままだったハズですが…
「ねえ、ねえ、パパンのどこが好き?」
「……」
子供の夢を壊しちゃいかんのは分かってるんだけど…この子はなんつう事をズバリと聞くんだー!?
これまでのヴァリアー生活で、私はXANXUS様と会話をした事もなければ半径10メートル以内に近付いた事もなかった。
何たってここで一番偉いお方だし、私みたいなぺーぺーのぺーが気軽にお話なんか出来る訳ないし用事すらない。
更に正直に言うと、まともにお顔を拝見したのもこんな事になってしまってからが初めてで…いつもスッゴい怖い顔をしてるから、未だに目を合わせられないなんて言える雰囲気じゃないけど。
「ねえ、ねえ、ママンってば!」
「え、えっと…うんと…」
小難しい事をいつもは言ってるくせに、たまにマーモン隊長は無邪気な子供みたいな事を言ったり聞いたりしてくる。
どっちが本当の姿なんだろう?
あまりにしつこく同じことを聞いてくるからうんざりして私は仕方なく答えた。
「パ、パパンは素敵すぎてどこが好きとか言えないなー。あははは」
「じゃあ全部って事?」
「そ、そう!全部全部!頭の先から足の爪の先まで!」
「へー…だってさ、パパン!」
「はん、たりめーだ!」
「ひいぃ!XANXUS様!」
仕事のはずじゃー!?
半泣きになって私は土下座した。
すいません、生意気申し上げました。
「パパン、言われた通りに聞いたよ!お小遣い!」
「…えっ…」
「ぶはーっ、食えねえガキだ!」
そう言ってXANXUS様はぶ厚い財布を投げてよこした。
わーいとマーモン隊長がジャンピングキャッチする。
「夫婦円満じゃなきゃガキがグレんだろうが。てめえがオレをまともに見やがらねえからマーモンが心配してやがったんだが、まさか照れてやがったとはなー!」
ふははとXANXUS様は高らかに笑って私の肩を抱いた。
ぎゃーっ、勘違い甚だしいってばー!
思わず回された腕を払いのけてしまった。
XANXUS様は何故だかいい父親になろうと努力しているみたいだ。
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