babysitter
5日目
「おい、かのこ」
昨日もまたセクシャルハラスメント被害が激しくてろくに寝られなかった…
マーモン隊長にフワフワのオムレツを食べさせながら大きなアクビをしていた私にXANXUS様が声を掛けた。
毎朝困った事に、XANXUS様はほとんど裸みたいな格好で部屋をうろついている。
この人にはこれがフツーらしいけど、異文化交流に縁のなかった私にはもうとにかく目のやり場に困って仕方がなくて…コトバに困るというのはまさにこの事だよ。
「お、おはようございます、XANXUS様」
恐ろしさと開放的過ぎるお姿に目を合わせられないんですが、私。
ちょっとは察して下さい。
「パパン、おはよう。」
「あ?マーモンいたのか?」
「ひ、ひどいよ、パパン…しかもまたマーモンとかって…わーん!」
マーモン隊長のご機嫌は毎日あっと言う間に変わる。
XANXUS様の心無い一言で鼓膜が痛くなるような泣き声をあげて私の服がびっしょりになるくらい涙を流し始めた。
「ざ、XANXUS様っ、ダメです!」
「あ?」
いや、その格好で近づかれるのも困るんですが…
私は近くにあった紙に伝えたい事を書き殴ってXANXUS様に突き出した。
『マーモンじゃなくてバイパーって呼んで下さい!』
呼び名に意外にこだわるみたいで、マーモン隊長はバイパーと呼ばれないと癇癪を起こしたり泣きわめいたりして手に負えなくなる。
「…バイパー…?趣味のわりー名だな」
XANXUS様は耳栓をしながら紙を受け取って呟いた。
すいません、私が付けたって事になってるんですよね、その趣味の悪い名前。でも頼むから本人の前でそんな事言わないで下さい。
「おい、バイパー、泣きやまねーとかっ消すぞ!」
「うわあぁん、ママン、パパンが僕を虐待しようとするよー!」
「あわわ、だ、大丈夫だから泣き止もうか、バイパーちゃん」
自分は耳栓してるからってXANXUS様はホント勝手だ。
マーモン隊長の機嫌の悪さがとうとうMAXに達したらしく、部屋中のものがぷかぷか浮かんで勝手に飛び回りだした。
怒りゲージが溜まると勝手に発動する力らしく、こうなると手が付けられない。
あたふたしていると後頭部に哺乳瓶が当たった。
「いたっ!うわっ、ちょっ、隊長、落ち着いて下さい!」
「うわあぁーん!パパンのバカー!」
マーモン隊長の叫びも耳栓をしたXANXUS様には届かない。
XANXUS様はめんどくさそうに私達の方へ来ると、いつの間に持ち出したのか二丁の銃で飛び回る鈍器を次々と撃ち落とし始めた。
高そうな壺や酒の瓶、たぶん名のある人が描いたんだと思われる絵画なんかがどんどん粉々になっていく。
「ぎゃああぁーっ!」
銃声にビビって絶叫した私の声に異変を感じたらしいマーモン隊長の泣き声がちょっとだけ弱まる。
そこにすかさずXANXUS様が愉快そうに声を掛けた。
「おい、マーモンでもバイパーでも構わねえが、てめえの大好きな金目のものがどんどん消えてくぞ」
金目のもの、というコトバに明らかに反応したマーモン隊長が、ぴたりと泣き止んだかと思うと宙を浮いていた沢山のものがゆっくりと降りてきた。
既に部屋の中は大惨事だけど。
「…ひっく…ひっく…ごめんなさいパパン…もう泣かない…」
ひっくひっくと言いながら小さな手で涙を拭って謝っている。
こういう姿を見てるとちょっとかわいそうに思えるから不思議だ。
「…この部屋で…一番高価なトルソーが、ひっく…無事で本当に良かった…ひっく…」
「えーっ!そこですかー!?」
「これに懲りたらママンを困らせるのは止めろ。いいな?」
えっ…XANXUS様、私の為に…!?
一瞬きゅんとしてしまったけど、XANXUS様は相変わらず耳栓をしたまま言い放った。
「おい、かのこ、何言おうとしたか忘れちまったじゃねーか。とりあえず部屋片付けとけ」
「え゙っ…」
ようやく泣き止んだ隊長が私の服でちーんと鼻をかんだ。
あれ、私も何してたんだっけ…?
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