babysitter
3日目
「…おい、てめえ名前は?」
「ひいぃっ!?かのこです、かのこと申します!」
「…かのこ、施しだ」
どさどさっと目の前に投げ出されたのは、割と厚めの実用書や雑誌だ。
マーモン隊長にミルクを飲ませながらうとうとしていた私は、XANXUS様の登場に一気に目が覚めた。
何気に初めて名前を呼ばれたもんだからちょっとドキドキしてしまった。
何か奥さんっぽくないですか、あんな風に呼ばれると…?
いや、普通の旦那様は奥さんに施しとか言わないか。
脳内の葛藤も一瞬で自己解決して私は御礼を述べた。
「あ、ありがとうございます」
…何の本だろう?
よく見るとそれは日本語の本ばかりで、家庭の医学だとか読み聞かせ用の日本の昔話の本、たまひよみたいな育児雑誌だった。
イタリアでよくこんなの手に入ったな…さすがヴァリアークォリティー。
「ママンにプレゼントなんてパパンは優しいね」
かわいいげっぷをしながら、マーモン隊長がXANXUS様に笑顔を向ける。
理解に苦しむところだけど、XANXUS様的には施し=プレゼントって事だろうか…?
「まあな。なんたってオレは名にXの称号を二つ持つ男だからな」
「さすがパパン」
「たりめーだ、カスが!」
Xが2つとかよく意味が分からないけど、私も曖昧に笑っておいた。
XANXUS様を怒らせたら、間違いなく命がない。
赤ん坊にカス呼ばわりもないだろうと思いながら投げ出された本を拾い上げていたら、ふわふわとマーモン隊長がやってきた。
「ママン、僕にも見せて」
赤ん坊向けの本がろくになかったから、とりあえず昔話の本を渡す。
体に似合わない大きな本を床に広げると、マーモン隊長は熱心にそれを読み始めた。
くっ、ちょっとカワイイな、あんな風にしてると。
ようやく掴めてきたけど、マーモン隊長は中身が赤ちゃん返りしている以外はたいして変わってないらしい。
会話も読み書きも、それから計算も何でも出来る。
でも、自分がヴァリアーで幹部として働いていた事や私がオムツ係だった事は全く記憶になくて、他の幹部の皆さんについても覚えがないらしい。
本当に突然どうしちゃったんだろう?
早いとこ戻ってくれたらいいんだけどな…
「ねえ、ママン」
「あ、はい?」
「僕もこんな風にしたい」
「えっ?」
マーモン隊長が熱心に覗き込みながら小さな指でさしたのは昔話の挿し絵だ。
赤ん坊を真ん中におじいさんとおばあさんが添い寝している。
えっと、これは何のお話だったっけ…?
「ママンとパパンと、こんな風にしたい」
「え…?」
「ねっ、パパンいいでしょ?」
XANXUS様がやるわけないじゃん、んな事。
私だってお断りだし。
「ぶはっ!おもしれーじゃねーか、何の儀式だこれは!」
え――――っ!?
まさかやるとか言いませんよねっ!?
「こういうのを川の字になって寝るって言うんだよね、ママン?」
「あ…う、ん…」
ってか良く知ってるよね、そんな言葉。
そして、XANXUS様はどうして私の手を引いてらっしゃるんでしょうか…?
「小せえ頃の情操教育が大事だって知らねーのか?」
「そ、それと川の字が何の関係が…?」
「ちゃんとスキンシップをとってやらねーからロクなガキにならねえんだ!」
なんかすごくマトモな事を言うもんだから、思わずなるほどーと相槌を打ってしまった。
「よし、じゃあ早速実践するぞ」
来いマーモンと言うと、XANXUS様が私の腕を引いてベッドに向かう。
ぎゃー、ありえない!
マーモン隊長はわーいと手を叩いて喜ぶと次の瞬間にはベッドに移動していた。
「わ、私ママンじゃないから、川の字はちょっと…」
「わーん、ママンがまたそんなヒドい事言うよー!」
「いたいけな赤ん坊の心を傷付けて楽しいのか、てめえは?かっ消すぞ!」
「ひいぃっ!」
せめえなとか言いながらもXANXUS様はベッドに潜り込み、マーモン隊長を間に私を引きずり込んだ。
め、めちゃくちゃXANXUS様のお顔が近くてちびりそう…
目は紅いし、顔にはたくさんキズがあるし、何か存在そのものが危険だし。
あ、そういえばこの人普通に銃持ってなかったっけ?
暴発とかしませんよね…?
「わーい、ママンも一緒だー!さすがパパン!」
「たりめえだ…三人揃わねえと意味がねえ」
「それにママンは柔らかくて気持ちいいしね」
「特にこの辺がな、ぶはっ!」
「ぎゃー、セクハラー!」
いつの間にシャツの中に手を入れたんだ、この人は!?
焦って胸に回された腕を振りほどく。
「ママン、どうしたの?」
「ママンは泣くほど喜んでやがる」
「違いますっ!」
ショックのあまり涙出てんだよ、こら!
今日分かった事。
どうやら、XANXUS様はマーモン隊長のパパン役をそれほどは嫌がってはいないらしい。
そしてかなりの手癖の悪さだ!
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