新戦国
3
実は左近は初陣の時に、名無しの父親と同じ戦場にいた。その時は敵だったのだが、今もその時の彼の姿は脳裏に焼きついている。
それは、彼にとっては最後の戦場だった。足に傷を受け、後に彼を引退に追い込んだのは、左近が属する軍だった。
あちこち傷を負い、倒れても不思議でない状態で、それでも彼は配下の者を指揮し、最後まで引く事はなかった。圧倒的に不利なのは彼らの方だったのだが、背を向けず、笑みを浮かべて槍を構えていたのだ。
若かった左近は、ただ何もできなかった。今でも当時の彼と対峙して、はたして何ができるだろうかと、ふと思う事がある。それぐらい、彼が纏っていた存在感は大きかったのだ。思い出すだけで、背中にゾクゾクとしたものが駆け巡る。猛者と言われるものは数知れずいるが、左近にそれほど鮮烈な印象を残したものは、まだ数える程しかいない。
そして今、横で槍を構えて立っている彼の娘も、たしかにあの時彼から感じた物を受け継いでいると左近は思った。
燃える様な瞳。
一分のすきもない姿。
それでいて、どこか楽しそうに上げられた口元。
――求めていた存在が、今、ここにいる。
「左近さん、貴方、軍略は得意そうだけど、実践はどうなの?」
「そこそこは使えると思いますよ」
「だったら、あの右の方頼めるかしら」
「ってことは、名無しさんは左で?」
「当たり前!」
そう叫ぶと、一足先に名無しが飛び出していった。…やれやれ、強い方をもっていくとはねぇ、とんだはねっかえりか、はたまた剛の者か。
「ま、それぐらいじゃなきゃ俺の相棒は勤められないからな」
左近はそう呟くと、肩に担いだ刀を構え、未だ暴れている連中に向っていった。
その後、荒くれ者達はぱたりと姿を見せなくなった。それは仕官した左近が町の近くに屋敷を構えたからだとか、彼と名無しの父親の密約で、名無しが左近の元に召抱えられ、見返りに町を警護しているからだとか言われているが、定かではない。ただ後に、町衆が左近の口から
『良い女を手に入れるには、彼女が背負っているモンぐらい一緒に背負う覚悟がなきゃな』
と楽しげに語られていた、と、まことしやかに語られている。
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