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新戦国
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「あら、左近さん。またきたんですか?」

名無しは洗濯物を干しながら、ここの処毎日のように出入りしている男に声を掛けた。

「これは名無しさん、こんにちは」

目を細めて視線を流す左近に、名無しも笑みを浮かべる。

「まったく、毎日ウチの父とどんな悪さを考えてるんだか」

「別に、悪さなんて考えてませんよ。頼み事をしてるんですけどねぇ、なかなか」

苦笑気味に笑う左近に、こちらも苦笑を返しつつ、名無しは釘を刺した。

「あまり父を担ぎ出さないで下さいね」

名無しの父は、昔はここらの猛者を率いて戦家業を生業として生きていた。その筋ではかなり知られた一味だったようだが、今ではもう引退し、小さな茶屋の親父さんとして、かつての仲間達と時々昔話をしながら、のんびりと名無しとの生活を楽しんでいるようだ。

それでも、どこで聞き出したのか、彼の力を借りたいと、各地の大名が人を送り込んでくることがあった。父はもう引退したのだから、と頑なに固辞していたが、それでも後を絶たないのだ。

きっと…左近も、その類だろうと名無しは思っていた。

「父は、もうどんな戦にも出ないと思いますよ」

正確には、もう出られないのだと父に聞いたことがあった。知恵者ではあったし、軍師としてはまだまだ現役でやれるはずだった。名無し自身も色々と教えてもらってはいたが、彼の実践を伴った知識には到底敵わない。だから、もし戦場に立ちたいのであれば反対はしないと伝えてみたこともあったのだが、足をやられてしまった自分のいるべき所ではない、と、彼は常日頃そう口にしていた。普通に生活する分には支障はないのだが、戦場で先頭に立って戦う事を良しとする武人であった父には、それはあまりに大きな痛手だったらしい。結局、その後はきっぱりと戦場に立つ事を止め、好々爺然として日々を送っていた。

だから。

「左近さんも、無駄足を踏む事はないでしょう?もう…父の話相手なんてしなくてもいいんですよ」

だが左近は、違う、と首を振った。

「俺は、名無しさんのお父上が目当てじゃあないんですよ。まぁ、お父上の知識や話はとてもそそられますがね。それに、俺は浪人の身だから、親父さんを担ぎだせるような立場にない」


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あきゅろす。
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