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新戦国
4

「なんだって?どういう意味だい?」

聞き慣れない言葉を耳にして、慶次が聞き返した。

「正確な意味は私も聞かされていないんですけれど。若が…孫市様が昔教えて下さったんです」

懐かしむように、慶次が手にしている火縄銃の銃身を名無しの指がそっと撫でた。

「冬の寒い夜に、霜の音を聞き取れるように精神統一する、ということのようですね。でも、当時の私にはちょっと分りにくかったかな。ただ、なんというか…的と私以外、何もない世界が一瞬出来上がるような感覚になると、当たる気がします。まるで、一本の糸で繋がっているように、弾が当たる気がするんですよ」

「…」

「たしかに、突き詰めれば慶次様の仰るように、的に当てることだけを考えているのですけれど、細波の立った心持ではいけないんです」

「…なるほどな」

銃身に触れる彼女指先を目で追いながら、慶次は一言呟いた。撃つ瞬間、少なくとも名無しの世界には、音も何も響いてないのだろう。鏡のような水面を心に持ち、真摯に撃つことだけを考えているということか。

「だが…そんなこと、俺に教えちまってもいいのかい?」

もしかしたら、それは極意のようなものではないのか。それを自分のような者に教えてしまってもいいのだろうか。慶次がそう思って尋ねると、名無しが笑顔で慶次を見上げて言った。

「孫市様はきっと雑賀の者には誰にでも言っていると思いますし、慶次様なら、構わないでしょう」

「そうかい。なら、名無しの教え、ありがたく頂いておこう」

「でも、もし良ければ二人の秘密にしておいて頂けますか?男性に教えたと知れば、孫市様のご機嫌がほんの少し悪くなるかもしれませんので」

おどけた様に笑ってそういう彼女に、慶次も冗談交じりに返す。

「そうだねぇ…今度また美味い茶でも淹れてくれるかい?」

「お安い御用です。もちろん、お茶請けもお付しますよ」

「なら、俺達だけの秘密と言うことで」

二人して小さく笑っていると、足音が聞こえ次いで声が飛んできた。先ほどから会話に上がっていた、彼の人だ。

「…何やってんだよ」

呆れたように言っているが、ほんの僅かに苛立っていることを、慶次は知っている。名無しが孫市の事を想っているように、孫市もまた、彼女の事を大事に想っているのだと、最近気付いたのだ。大方、今しがたの二人の姿を見て妬いているのだろう。

――まったく、さっさと告げてしまえばいいものを。そうすれば…。

内心苦笑し、慶次は火縄を孫市がいつもやるように肩に担いだ。

「よう、頭領。どうだい、これから俺のおごりで飲みに行かないか?」

「…なんだよ、なんかありそうだな」

「酷いねぇ、じゃあ、お前さ…」

「分った、俺が行く、いや、行かせてもらう。だからさっさと用意しろ」

名無しを誘おうとした慶次に慌てて返事をする孫市を見て、慶次は笑った。そんな彼につられて名無しも笑い、それを見た孫市は憮然とする。

まぁ、もう少しだけこの関係を続けても楽しいかもしれない、そう思いながら、慶次は火縄銃を静かに下ろした。


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