[携帯モード] [URL送信]

新戦国
2
名無しはその日からずっと、ただ一人その森へと分け入り、そしてその氷の柱を、その両腕と翼で抱きしめ続けました。冷たい氷は容赦なく彼女から体温を削り取っていきますが、その分、その氷も溶けてゆき、中の人の姿をはっきりと映し出していくのでした。ですがやはり、肌を刺すような冷たさは、名無しから多くの力を奪っていきました。6枚あった美しい翼は、日を追うごとにその羽根を溶けだした水へと散らし、やせ細っていきました。ですがその頃は名無しも独り立ちをしていたため、その変化に気付く者は誰一人としていなかったのです。

名無しはたとえ翼がすり減り続けても、氷の森へと通う事を止めませんでした。翼はもう羽根が少なくなっていましたが、その分、氷の柱も細くなり、今では中の人がはっきりと見えるようになっていました。未だに瞳は閉じられたままですが、あと少しで、その氷も溶け切りそうです。

そして名無しは、自分の背中に6枚もの翼がある意味を、氷が溶けるにしたがってやせていく翼を見て気付きました。この翼は、きっとこの氷の人が本来持つべきものだったのだ、と。何かの手違いで名無しの背中に生えた状態で生まれ出ただけで、本当に持つべき人は、ずっとこんな暗く凍えた世界にいたのです。

そして名無しの背中からその翼が失われた頃、彼女が温め続けた氷柱は薄い氷となり、中の人の体温が彼女に感じられる程になりました。外と中から温められた氷はあっという間に溶け去り、ついに全ての氷が消えていました。それと同時に、溶けた氷が作る水たまりに、名無しは静かに崩れ落ちました。見上げるその視線の先に、氷から解放された一人の男が立っています。彼は閉じていた瞳を開き、温かな眼差しで彼女を見ていました。その背中には真っ白に輝く一対の翼を携え、大きく輝くそれは、名無しが今まで見たことのあるどの天使よりも美しいものでした。そして、金色に輝く鬣のようなその髪と琥珀色の瞳は、この暗い森の全てを照らし、温めるように光を放っていました。

――私、やっと翼を返せた。この、ずっと孤独だった美しい人に返せたんだ。

[*前へ][次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!