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新戦国
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奥方の笑顔を思い出し、左近は深くため息を吐いた。

時は豊臣の天下となり、戦は収束し世の中は平穏の時代を迎えようとしていた。今日はその天下を治めた人物…豊臣秀吉が催す花見の日だ。京の都へと大勢で繰り出し、夜桜見物などを行っている。左近も主である石田三成について同行していたが、途中で秀吉の奥方に捕まり、今に至っていた。

「さて…どうするものかと言っても、おねね様はもう動かれている頃だろうし」

手に強引に持たされた打掛を見て、苦笑する。それは奥方…ねねが用意した物で、さすが天下人の妻が用意しただけあり、生地も仕立ても申し分なく、華やかで、これを羽織るであろう人物にはぴったりだと思える代物だった。

たしかに、ねねの言う通りだと左近は思っていた。ねねを通して知り合いになった娘に、左近は心惹かれていた。そばでそれを見ていたねねにはお見通しだったらしく、幾度と無く想いをぶつけてみればいいと言われていた。

だが、左近にはどこか躊躇いがあったのだ。今、己は殿と呼べる人物に出会い、その者の下で働くことに一身を捧げていた。豊臣が天下を取ったと言えど、まだ全てが安定しているわけではない。そんな時期に自分勝手な想いを膨らませて、執務に支障が出てしまうことを恐れていた。そして何より…左近は、今の自分を取り巻くモノを、壊したくなかった。秀吉やねね、そして三成。それを守る為の生き方。そして…彼女、名無しとの、穏やかな関係。

回りから見れば、意外だと言われるかもしれないが、左近は本当の意味で異性を愛した事がない。いつもそれなりに相手の女を好いてはいたが、多分、今自分が抱いている感情は感じてはいなかった。激しくてもどかしい、そして温かいという、相反するものが混在するそんな想いは、名無しに出会うまで知らなかったのだ。だから、どうしていいのか分らないという答えが、一番的確だったのかもしれない。

そんな折の、ねねの一言を、左近は思い出す。あれは少し前の出来事だ。

「あの子ね、結婚するかもしれないよ」


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