新戦国
4
「…左近…様!」
大きな背中が、まるで私を護るように立ちはだかる。肩越しに見えた顔が、切れた雲から射す月光に照らされた。
「よくやった、名無し。刻限に遅れていたから心配になってきてみたが、間に合って良かったぜ」
優しい瞳に、鼻の奥がツン、とするが、今はまだ気を緩める時ではない。ぐっ、と得物を握り直すと、主…左近の隣に立った。
「無理しなさんな、たまには俺に護られていればいい」
「それでは私が居る意味がないでしょう」
「…そんなことはないんだがねぇ」
苦笑し、なぜか困ったように言う主が、正面を向いて得物を構えた。すっ、と目を細めたその顔に、静かな怒りが見て取れる。
「さて…俺の大事な女に手を上げた野郎は、刀の錆になってもらいましょうかねぇ」
そう言うと、彼は流れるような太刀筋で、一気に片をつけてしまった。それは私の出る幕などない早業で、追っ手の武士達はあっと言う間に倒れていた。
「やれやれ、まぁ、戦の稽古だと思えば容易いもんだ」
刀を収めた左近が、私を見る。歩み寄り、私の腕に触れた彼の顔に、怒っているような、安堵しているような、とても複雑な表情が浮かんでいる。
「まったく…名無し、勝手に死ぬようなことだけはしないようにといつも言っているだろう?守ってくれないようでは忍びとしては使えないぜ?」
「忍びとはそういうものです」
「それでも、だ」
言い聞かせるようにそう告げられ、なぜだか返す言葉に詰まってしまう。彼の言葉は、私にとっては優しくて、どこか居た堪れない気分にさせる。
「さてと、ここはまだ危ない…さっさと帰るとしますかね」
無言になってしまった私に苦笑すると、私をふわりと抱き上げて、そう主が言った。
「ちょ、さ、左近様!」
「暴れるな名無し、主の命だ」
「うっ…あの、密書は多羅葉に結わえてあるので、とってこないと…」
「じゃあ、取りに行こう」
私を抱きかかえたまま、どこか楽しそうな左近が歩き出す。
いつの間にか顔を出していた月が、私と彼を静かに照らしていた。
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