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新戦国
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慶次がやれやれ、と腰を下ろしたところへ、すっ、と茶が出された。

「いつもすまんね」

笑みを浮かべ礼を言うと、いいえ、と笑みを返された。

「慶次様、今日は如何でしたか?」

正面に座りそう訊ねる相手に、慶次は苦笑気味に笑って頭を掻く。

「いや、今日もアンタんとこの頭に怒鳴られっぱなしだ」

そう言えば、彼女――名を名無しという――が可笑しそうに笑った。

「そうでしたか…ふふふ、あ、ごめんなさい。笑いすぎですよね」

「いや、構わんさ」

慶次もそんな名無しの笑顔を見て釣られるように笑い、そして茶を口にした。清々しいような程よい苦味がちょうど良い。

「でも…どうして慶次様が、ここで火縄の扱い方を習ってらっしゃるんですか?」

言外に、織田でも十分腕の立つ者がいるでしょうに、と言われていることが分り、慶次はそうだねぇ、と一息入れると、こう言った。

「まぁな。俺には矛があるから火縄なんて必要ないんだが、武士としてこういった類の武器も扱えるようになっておきたくてな。それなら…今の時点で一番火縄に精通している雑賀で習うのがいいと思ったってわけだ」

そうでしたか、と頷く名無しに、慶次は肩を竦めてさらに言った。

「だが…孫市はなかなか厳しいな。妥協しないというか、やはり雑賀衆の頭領を務めるだけある」

「そうですね…若は、私たちにとっての誇りですから」

穏やかな微笑を浮かべる彼女を見て、慶次は、あぁ、と頷いた。

「アンタら見てたら、よく分るぜ」

「ふふ、ありがとうございます」

小さく首を傾げるようにして嬉しそうに笑う名無しに、慶次も目を細めた。彼女はとても控えめな気性であるらしかったが、芯の強い女性でもある。そして、誰よりも孫市の事を想っている女ではないかと、慶次は最近そう思うようになっていた。名無しが発する言葉の端々に見え隠れする愛しみの心が、こうして静かに話している空間を包み込む。

慶次はこの雑賀の里に来る度に、名無しとのこうした時間を楽しみにするようになっていた。初めこそは茶を出してもらい挨拶をする程度だったが、何かのきっかけで話をするようになり、最近ではそれこそ幅広い話題で一時を過ごすようになっていた。慶次は穏やかだが楽しい時間に、戦で多少なりともささくれ立った気持ちが、静まるような気がしていたのだ。

「しかし…」

先ほどの火縄の鍛錬を思い出し、慶次はため息を吐いた。

「なかなかコツを掴めないもんだねぇ」


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あきゅろす。
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