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戦国拍手ログ
2008年七夕

カタリ、と障子の開く音がして、兼続は顔を上げた。そこには、友とも呼べる男がいた。

「なんだ、慶次ではないか」

「すまないねぇ、忙しかったかい?」

「いや、今日はもう執務を行うつもりはないからな」

そう言い、兼続は手元の書物を閉じた。

今日は七夕で、先ほどまで屋敷に家臣や仲間を呼んで、ささやかだが七夕の宴を催していた。慶次もその中におり、歌など詠んでは楽しんでいたのだ。だが、今日はもう帰ったものだと思っていた。

「どうした、まだ帰らないのか?」

慶次を部屋に招きいれ着座を促すと、彼は手に徳利と杯を持っていた。笑って勧められるままに杯を空け、開け放った障子の向こうに庭を見る。そこには先ほどまで話題の中心であった笹が立てられていた。結わえられた短冊には、今宵の宴で詠んだ歌がしたためられ、さらさらと揺れている。

「風流だねぇ」

しみじみとそう言った慶次は、どこか遠くを見るように目を細め、揺れる短冊を見ていた。

「そうだな。慶次が詠んだ歌も、七夕に相応しい良い歌だったぞ」

兼続がそう言えば、慶次はどこか苦笑するように笑った。いつもの豪快な彼からは想像もつかない、そんな笑いだ。

「どうか…したのか?」

訝しく思って尋ねてみれば、少しの沈黙の後、慶次が徐に口を開いた。

「あれは、今の俺の心境を詠んだだけなんだよ」

そういって笑う彼の顔に、どこか寂しさを感じた兼続が、静かに問うた。

「会えぬ人がいるのか」

「…そう、だな」

「…そうか」

慶次の詠んだ歌は、想う人を恋焦がれる、そんな歌だった。遠く離れ逢えぬ人に、それこそ燃え尽きてしまうのではないかと思うほど、焦がれた想いを抱いている…といったもので、どこか物悲しくもあり、美しくもあるものだったのだ。それを一番高い所に結わえていた後姿を思いだす。

幾多の戦乱を潜り抜け、鬼神とまで言われた彼の深淵が、兼続には見えた気がした。

「名無しさんは、俺には勿体無いくらいの女だった…傍に置いておきたいと思ったのは、後にも先にも、彼女ぐらいだ」

兼続は名無しさんに会ったことはなかったが、彼と親しかった人物から、少し話は聞いていた。それは慶次の一世一代の恋だった、そう聞かされた。そして、彼女がもうこの世にはいないことも、聞いている。

「なんとなく、思い出しちまってな。悪かったな、こんな湿っぽい想いを宴に持ち込んでしまって」

苦笑し、杯を空けた慶次は、もういつもの彼に戻っていた。入り込んできた夜風に金色の髪を揺らし、どこか楽しそうに庭の笹を見ている。

「…そんなことはない。お前がそれだけ心寄せる女性なら、きっと素晴らしい人だったんだろう…会ってみたかった」

「俺も、兼続に会ってほしかったぜ。アンタんとこの奥方と、きっと気も合っただろう」

笑ってそういう慶次に、兼続も笑って返した。

後にも先にも、慶次がそんな顔を見せたのはそれ切りだった。だが、毎年、彼が彼女を想って歌を詠み、それを天上に少しでも届くよう、いつも自身の館の笹の一番高い所に飾っていたことを、兼続は知っている。いつか…極楽浄土か、来世でか、彼らが必ず出逢えることを、兼続は願わずにはいられないのであった。


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あきゅろす。
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