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戦国拍手ログ
2008年7月

…おい…おいっ、お嬢さん!

なんだか遠くで声がしたかと思ったら、世界がぐわんぐわん、と揺れた。

「…」

いつの間にやら閉じていた瞳を開けば、目の前には見知らぬ男の顔があった。

「大丈夫ですかい?お嬢さん」

片頬に傷を持つその人が、心配そうにこちらを見ている。起き上がろうとして頭の痛みを感じ、それを見ていた男が慌てて私を寝かしつけた。

「あまり急に起きない方がいい」

「あの…私…」

事態が飲み込めず、戸惑ったようにそう訊ねれば、相手の男はもっと戸惑ったような顔をした。

「そうだな…俺も実は良く判ってないんだが、とりあえず、お嬢さんはここで倒れていたんですぜ」

言われて、あぁ、そういえば一人で得物の鍛錬をしていたんだった…と、周囲に目をやった。

「…ここ…ど、こ?」

たしか、私は城の庭にいたはずで。そこは、こんな禍々しい空気の漂う場所ではなかったはずだ。

「俺にも何がなんだか」

困惑した顔の男が、私の背を支えながら起こしてくれた。愕然とした私は、彼に支えられ、そしてその上着を知らずのうちに握り締めていた。たぶん、あまりの事に思考がついてゆかず、変わり果てた景色に、手が小刻みに震えていたのだろう。

「大丈夫、俺がついてる」

そういわれ、見上げれば、上着を握っていた手を大きな暖かい手で包みこみ、笑みを浮かべた相手の顔があった。

*******

「…思えばあれが間違えだったのね」

日々、彼…島左近の下で目まぐるしく変わる状況にバタバタしている自分に思い当たり、嘆くようにそう呟いた。

「なんのことだ?名無しさん」

背後から声をかけられ、思わずびくっ、と身体を震わす。

「驚かさないでよねっ」

声を荒げてそう言ったところで、相手…左近が怯むはずもなかった。

「おっと、あまり怒ると皺が増えるぜ?」

「怒ってませんよ」

べぇ、と舌を出しそう返す。

「なら、いいが」

クスクスと可笑しそうに笑いながら、彼が私の隣に腰を下ろした。

「で、何が間違えだったんだ?」

再びそう訊ねられたので、私は半眼で彼を見て、言葉にほんの少しの棘を含ませて返した。

「そうですね、まずそもそもの間違えは、この世界に来て最初に出会ったのが貴方だったてことですかね。で、次は、あの時うっかりその貴方に縋り付いてしまったことでしょうか。もう本当にあれは不覚でしたね」

そう、本当に今思い返しても腹立たしい。こんな人使いの荒い人に、惚れてしまっただなんて。大丈夫だ、なんて言われてうっかり転んでしまった自分に、文句を言いたい。だいたい…彼の好みは私と正反対の女性なのだから、どう足掻いたって私の片思いだ。

「あれかなぁ、所謂『種族維持本能』ってヤツかなぁ」

ぼそり、と呟いたつもりの言葉だったが、彼にはしっかり届いたらしい。そして…ニヤリ、と、口端を上げて笑った。

「だったら…それに相応しいこと、やってみるかい?」

「冗談言う暇があったら、さっさと仕事を終わらせて下さい、ぐ・ん・し・さ・ま!では、忙しいのでこれにて失礼」

からかわれたと思い、恥ずかしさに赤面する。それを隠すように立ち上がりそう言うと、先頃勢力に加わってくれた信玄公の元へと赴いた。

だから、その後の左近が呟いた言葉は、当然知らなかった。

「冗談ってわけじゃなかったんだけどねぇ…それじゃ、本能だけじゃないってこと、身をもって知ってもらいますかね」

――その後、すったもんだで色々あった彼との関係が変わったのは、別に本能のせいではない。


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