戦国拍手ログ
2007年2月
暗闇に溶けるのが私の仕事。光の届く世界は私には似合わない。
だが、闇に溶けることは危険を伴うのだ。油断した自分は、だからこれで終わるのかもしれない。私は血を流したまま、細い路地裏で壁にもたれて立っていた。
少しずつ、命が流れ出す。表通りでは追っ手が血眼になって手負いのくのいちを探しているだろう。
捕らえられるわけにはいかないが、ここから動く事もできない。どうしようもない忍が最後に取れる道は一つ。覚悟を決めようと一つ息を吐いた時、表通りから裏路地へと侵入する気配を感じた。一気に緊張が高まると、握っていた苦無を胸元に引き寄せる…もう、殆ど力などないのに、それでもまだ戦おうとする自分に、思わず呆れてしまった。
月の光を背後に受けて、一人の男が現われた。顔は…逆光でよく見えない。手には随分と大きな刀。腕もかなり立つのであろうことが伺われた。
敵か、味方か。
息をつめて相手の出方を見る。流れる血の熱さが、己を冷静にしてくれた。
「手負いのくのいち、と見たが…」
言葉を発した相手が、ゆらりと一歩踏み出した。月の光に照らされて、一瞬顔が覗く。
――左の頬に傷のある、あれは。
かつて仕えていた筒井家にいた、あの男か。
「随分と血を流しているようですねぇ」
まるで歌うようにそう言うと、彼は刀を肩に担いで近づいてきた。今は…浪人だったか、それとももう何処かへ召抱えられているのか。思わず後ずさりしてしまったが、傷を負った身体が悲鳴を上げた。
「おっと、手負いの女性に手荒な真似はしないから安心しな。それに、俺は多分アンタの敵じゃないんでね」
まるで考えを読まれているかのような錯覚に陥って、私はさらに身を引いた。だが、彼…島左近はどんどん近づいてくる。
「こりゃ酷い」
立っているのもやっとな私を見て、左近は顔を顰めた。
「か…構うな。顔を見られたからには、生かしておく訳にはいかないぞ」
「そんな身体でこの俺に勝てると?アンタは相手の力量を測れないような忍じゃあないだろうに」
そう言いながら左近は私の腕を取り、傷を見る。
「…これではここから動けないだろう…俺の家にくるかい?お嬢さん」
「か、構うなと言っているのが聞こえないのかっ!?」
思わず声を上げると、表通りがざわめいた。不味い、見つかったか。
「おやおや、煩いのがきなすった。さて…お嬢さん、ちょっと失礼しますよ」
左近はそういうと、ぐいっ、と私を胸に引き込んだ。激痛に目が眩む。悲鳴を上げようとしたその時。
「アンタ…死のうとしてたな。ならその命、俺が拾った」
そう囁かれ、そして…。
「…おい、そこで何をしているっ!!」
「何って…好きな女としっぽり、ですよ。そちらさん方こそなんです?物騒なモン振りかざして」
「…っ!貴様には関係ない!おい、女の顔を見せろ!!」
至近距離で見る左近の横顔に、微かな殺気が滲む。
「ほぉ…こんな場面を見られて、その上女性に恥を掻かせる気か?それとも…俺に斬られて死にたい、と?」
刀を向けると、私を見えないように胸に抱きこみながら相手を睨みつけた。修羅場を幾つも潜り抜けてきたその眼に、相手も怯んでいる。
「おい、あの男、島左近だ」
「なにっ?」
「女は何処かの遊女だろう、構うな、行くぞ」
そういうと、相手は苦々しげに左近を睨み、駆けて行った。完全に気配がなくなったのを確認して、左近が腕を緩める。
「何をするっ!」
「助けたのに、その言い方はないんじゃないかい?」
「だからって、あんな…」
そして無意識に唇に手を当てた。
「あぁ、あれは声を上げようとしたから塞がせてもらっただけだが…」
そこまでいうと、ニヤリと笑ってこちらを見た。
「俺としては、その先もお願いしたいところだが、そんな傷じゃな」
そして私を抱え上げた。
「は、離せっ!」
「ダメだ。アンタは俺が拾った。アンタの命は俺のものだから、連れて帰るぜ」
実に楽しげに言う左近は、更に続けた。
「舌を噛み切ろうとかいうのもなしだぜ。すぐに塞いで阻止するからな」
「っ!!」
「何も不安に思うことはない、心配しなくても大丈夫だ」
――その後、島左近という存在に護られながら影として生きていた私には、違った意味での心配事ができた。何かって?それは主に聞いてほしい。恥ずかしくて言えないのだから。
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