戦国拍手ログ
2007年お正月
研ぎ澄まされた冷たい空気の中、じっと静かに息を詰めて、ただ真ん中を見つめる。
轟音が轟いた後、ほっと一息吐くと、パチパチ、と手を叩く音がした。
「やるじゃないか名無しさん、ど真ん中だ」
「大事な撃ち初めの儀式ですよ、外せないでしょう?」
あたしはそういって立ち上がると、後ろで見ていた頭領にそう言った。
雑賀衆は古来より八咫烏を旗印に傭兵として成り立っていた。時代と共に内実は異なるが、常に傭兵としては頂点に立つ集団だったし、今も火縄という武器を扱う集団として、この時代に君臨していた。
新年最初の日は、雑賀衆から選りすぐりの者を集め、武芸を披露し、それを神に奉納していた。あたしは幸運にも火縄の腕を認められ、ここ数年は毎年こうやって撃ち方としてこの地――八咫烏信仰の中心地・熊野本宮――へ赴いていたのだ。
「で、孫市様はもう?」
「様、はいらないと言っているだろう…俺はこれからさ」
苦笑気味にそういうと、彼が今まであたしの構えていた場所に立った。
「あ、的、変えますね」
「いい、そのままで」
そういうと、先ほどまでとは違った顔で、彼は静かに撃つ動作に入った。
音がしそうな程に冴え渡った空気の中で見る孫市様の一連の動作は、只々、美しかった。
彼は歴代の雑賀衆の中でも、もっとも火縄の扱いに長けていた。すべての動作に無駄がなく、銃を構えた姿は、全ての撃ち方が憧れるぐらいなのだ。
彼が構えると、知らず知らずに息を詰めていた。神聖な場所で、この動作を穢すものはあってはならない。例えあたしの息だって邪魔しちゃいけないのだ。
張り詰めた空気と、薄く笑みを浮かべたような、それでいて何事にも屈することのない強い意志を秘めた瞳の孫市様と、それを見守るあたしと。
そして、一発の銃声が森に囲まれた神聖な場所に木霊した。
「ひゅぅ、俺っていつでも百発百中だな、やっぱ」
的を見ると、あたしが射抜いた場所に正確に彼の銃弾が貫通している。裏を見れば、まだ抜き取っていなかったあたしの銃弾を押し潰すようにして彼の銃弾が重なっていた。
「ホント、新年早々やってくれますよね、こんな芸当」
驚いたようにそういうと、当たり前だろ、と返された。
「これでも雑賀の頭領だぜ?」
笑顔で、ちょっと得意気な彼は、少年のようだ。
「たしかにそうでしたよね…でも、これが見られるのも今年で最後かなぁ」
そう言うと、孫市様は火縄を担いであたしに向き直った。
「せっかくの腕なんだ、止めることはないと俺も言っているだろ」
「もう、決めたことです」
「だが…俺は、お前にこれからも活躍して欲しいんだが」
孫市様は残念そうにそう言ってくれた。でも。
「表向きの事は、あたしじゃなくても貴方を支えてくれる人はいるわ。でも、裏方となるとそうはいかないでしょ。あたし、どっちもできる程器用じゃないんです。それとも…止めますか?」
あたしのその言葉に、孫市様はとたんにムッとした表情になった。
「それはできないな。もう待てない」
「じゃあ、もうこの件はお仕舞い」
そういうと、あたしは神殿の方へと足を向けた。
「さ、行きましょう!」
「そうだな、八咫烏様にご報告だ」
火縄を担いで、二人仲良く並んで歩くのも、今日が最後。だって決めたんだもの。あたしは貴方の影となって、貴方を守って生きていくって。
――そして桜が咲く頃に、あたしは孫市様の元へ、嫁いでいった。
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