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戦国拍手ログ
2006年クリスマス・2


イブの夜は掻き入れ時だ。引っ切り無しに客がくるが、やはり表に出ずっぱりというのは少々辛い。

左近は一服しようかと、空き瓶の入ったケースを手に裏口を出た。

見上げれば夜空にはうっすらと星影が見える。冴えた空気がこんな街中でも辛うじて星を拝ませてくれているのだろうと、知らず知らずに口元に笑みを浮かべていた。

ポケットに手を入れ、煙草を出し、一本銜えて火を着ける。その時、近くに詰まれたビールケースの向こうから、ゴソリと音がした。

「…おいおい、お嬢さん。そんな所で寝てたら凍死するぜ?」

見れば若い女が蹲るようにして目を閉じていた。まさか死んでいるわけではあるまい、そう思って肩に手をかけようとしたら、ぱちり、と目を開けた。

「いいんです。ほっといて下さい。こんな日にふられるなんて、ドラマや小説みたいで情けなくなっただけですから」

彼女はそういうと、はぁ、と溜息を吐いた。そしてきゅっと口を一文字に結ぶ。

…まったく、こんな日に女を悲しませるとは、男の風上にも置けないな。

左近は内心見知らぬ相手にそう言うと、彼女の横に腰を下ろした。

「…で?だからってこんな所に蹲っている必要はないと思うんだがねぇ。なんならウチの店にくるってのはどうだ?お嬢さんならサービスするぜ?ご希望なら、そんな男のことも忘れさせてあげましょうか?」

軽い感じでそういうと、女がちらっと左近を見た。

「手っ取り早く一人になれる場所だったんです、ここが。お兄さん、口が上手そうですね。結構お客さんもついてるでしょ?そんな感じがします」

私に構わず早く戻った方がいいんじゃないですか?、そう言って彼女はまた溜息を零した。

「ま、たしかにご贔屓さんはたくさんいるけどな…今はアンタが心配だ。なんでこんな所にいるんだ?」

左近はそう言いながら、上着を掛けてやった。女が驚いたように顔を上げ、左近を凝視する。

「…こんなお金にもならない女に構って、どうするんですか?」

「泣いている女性を放っておけないタチなんでね」

「泣いてなんかいませんよ」

「でも、泣きたいんじゃないか?」

左近がそう言うと、女は途端に表情を崩した。

「別に泣きたくなんか…」

「いいから、泣いておきな。クリスマス特別サービスだ、俺の胸を貸してやるから」

「…ヘンな人」

泣き笑いの顔でそう呟くと、女は遠慮がちに左近の胸に頬を寄せる。左近があやす様に小さな背中を叩いてやると、声を殺して泣き始めた。

暫くして落ち着いたのか、彼女が顔を上げた。

「なんか、スッキリしました。見ず知らずの人に縋って泣くなんて恥ずかしいんですけど、売れっ子ホストさんの胸を借りることももうないでしょうし、良い思い出にしときます」

はにかむ笑顔に左近も笑みを浮かべる。

「思い出にするぐらいなら、これから店にきませんか、お嬢さん?つまらない男の事なんて、俺が直ぐに忘れさせてあげますよ?」

「残念ですけど、そんなお金はありませーん。ホント冗談がお上手」

「冗談じゃないんだけどねぇ」

「ふふふ、あんまりそんなこと言ってたら、ホンキにされちゃって女の人を傷つけますよ?あ…大人の遊びって分かってるかな、こういう場所の人達は」

そう言う彼女に、左近は苦笑した。

「それなら…名前ぐらい教えてくれないかい?」

「じゃあ、お店のお客になった時に言いますよ」

「それは…お客として指名してくれるってことかな?」

「お客として行く事があれば、です」

くるつもりなどなさそうな雰囲気だ。ありがとうございました、そう言って上着を返す彼女の手を、左近はすっと取った。

「それじゃぁ、お嬢さんとは今日が最初で最後ってことか?」

「ご縁があれば、また会えます。店に行かないとは言ってませんし」

そしてするりと左近の手から自分の手を抜き取ると、最後の最後でニッコリと笑い、軽やかな足取りで、女は聖夜の街へ消えていった。

「やれやれ…何が気に入ったんだか」

左近は思いがけず握った女の感触に、暫く掌を見つめる。

「ご縁があれば、ね」

さて、聖なる夜の出会いに、奇跡は再び起こるだろうか。

左近は肩を竦めて少し笑うと、店へと戻っていった。



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