KYO拍手ログ
2006年11月
ふと、彼女に会いたくなった。
理由なんて何もなかったが、ただ無性にあの笑顔に会いたくなった。だから、普段共にくる周りの者達にも何も告げず、一人でここにやってきた。
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幸村は戸を開けると、中の気配に声をかけた。
「ゆやさーん!また来ちゃった。元気?」
「あら…幸村さん!こんにちは」
奥からひょいっ、と顔を出したのは、かつて一緒に旅した仲間。今はこの店の女主人であり、あの狂が唯一傍に置く、ゆやその人だった。
「あれ?今日はお一人ですか?」
洗い物をしていたゆやが、手を拭きながら出てきた。
「うん。なんか突然ゆやさんに会いたくなってさ」
幸村がそういうと、ゆやがほんのり頬を染めてはにかむように笑う。
「ふふふ、冗談でも嬉しいですよ、幸村さんにそう言ってもらえると。お茶用意しますね」
そしてゆやは再び奥へと引っ込んだ。別に冗談じゃなかったんだけどなぁ、と幸村は苦笑すると、店の中に視線を向ける。
広いとはお世辞にも言えないが、ゆやの掃除が行き届いている店内は、明るい空気に包まれていた。片隅の棚には、かつての仲間達が彼女に贈った物が大切に保管されている。幸村は口元に微笑を浮かべた。
――幸せに、暮らしているんだね。
一緒に暮らしている漢は、今でもふらりと出て行って、ふらりと帰ってきているのだろう。彼女は彼にとって、この世で唯一つの拠り所なのだ。
――ま、ボクなんかが割り込める二人じゃないってこと、か。
そう独りごちた幸村の耳に、柔らかな声が届いてきた。お茶を用意してくれているゆやが、機嫌も宜しく何やら口ずさんでいるようだ。暫く後、ゆやが手に盆を乗せて戻ってきた。
「お待たせしました…お茶と、これもどうぞ」
「ありがと。これって…ゆやさんの手作り?」
湯飲みと共に机に置かれた小皿には、餡の乗った団子が一つ。
「幸村さんのお口に合えばいいんですけど…初めて作ったんで、試食してもらいたいなぁって」
「え?じゃあこれ、狂さんも食べてないんだ?」
「えぇ、幸村さんが一番ですよ。あ、甘い物って嫌いでしたっけ?」
少し不安げに見つめるゆやに、幸村は笑顔で返した。
「全然!ゆやさんの作ってくれた物なら、なーんでも大歓迎だよ」
そして幸村は団子に手を伸ばす。
――これぐらいの役得は大目にみてよね、狂さん。
「…うん、甘さもちょうどいいね、ボクは好きだよ」
その言葉にゆやは華の様な笑みを浮かべる。彼女を独占できる時間に、幸村はゆったりと浸っていた。
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