KYO捧げ物
哀しみが癒えるまで5
ゆやの異変に敏感に気付いた男が、驚愕の表情でそれを見た。
「術が…解けかかっている、だと?」
あの闘いの後、残された男は復讐のため、息子の能力に眼をつけ、ただ今日という日のために生きていた。子まで成した愛する傀儡を壊され、彼はひたすらこの時を待っていたのだ。だが、それも壊れようとしている。
「お前…私に逆らう気か?」
怒りの矛先を、隣で立ち竦む息子に向けた。
「しょせん傀儡だった者の子供を、半分でも私の血が混じっているから育てたが…お前も失敗作だったというわけか」
あの店にいた客ならまだしも、あれだけ目の前で厳重に掛けさせた術が、そう容易く解けるはずはなかった。無理に解こうとすれば、普通の人間ならば精神が壊れるのだ。そのまま廃人になって、たいていは一月程もがき苦しんだ挙句に死んでいた。だが現に、目の前のゆやは術が解けかかっている。
「手を、抜いたな?」
男は憎しみの目で息子を射抜くと、動けなくなった彼の首に手を掛けた。
「…テメェの敵は俺だろうが」
だが、それは狂の声で阻止された。正確には、その声で動きを封じられたのだ。
――これが、紅眼の鬼の、力なのか。
どす黒い殺気を一身に受け、男は機械仕掛けの人形のように、ぎこちない動きで顔を動かす。
そこには、意識を失ったゆやを片手に抱き、天狼をこちらに向けた狂が立っていた。
「お前を殺すな、そう言った女が護りたかったのは、お前とその息子だ」
一歩、前に足を出した狂が、男の隣に立っていた少年を見た。悲しい、暗い色が浮かんでいる。
「そいつが、ゆやに術を掛け切れなかったその理由を、お前は考えようと思わないのか?」
紅い怒りを湛えた瞳で男を射抜くように見つめる。
「お前は、自分の息子をも、道具としてしか見られないのか?」
「…う…煩い!!俺のものだ、俺のモノをどうしようとお前には関係ないっ!!可愛い傀儡を壊された俺の気持ちが、お前に判るか!?愛していた、良く動く可愛い傀儡だったんだぞ!?俺の子を授けてやったんだ、それをお前が容赦なく壊した…残された子をどうしようと、俺の自由だっ!!」
その言葉を聞いた少年の瞳を、狂は忘れる事はないだろうと思った。
激しく揺れるその暗い瞳には、悲しみしか見えない。ゆやとほんの少し似ていた、だがもっと深い色合いの緑の瞳が、とても辛そうに滲んだ。
「お前は見るな。閉じていろ」
狂は少年にそう告げると、男に天狼を突きつけた。
「…俺は…アイツを…」
そう言って息絶えた男を見下ろし、狂は静かに天狼を鞘に収める。最後まで人を愛することを理解できなかった男は、骸となっても虚空を見つめていた。
「帰るぞ」
狂は未だ瞳を閉じていた少年にそう言った。言われるがまま、少年は狂についていく。店に戻ると待っていた幸村達にゆやを預け、少年を伴って狂はある場所へ向った。そこは灯のいる所だった。
「…そういうことだったの。解った、その子はここで預かるわ」
「…あぁ、頼む」
「この貸しはゆやちゃんとの一日デートでチャラにしてあげるわ」
おどけたようにそういう灯を睨み、狂は少年を見た。それに気付き、少年も狂を見上げる。
「両親を殺した俺を恨んでもいい。だが、お前は生きろ。お前を生かした母親の分まで、お前は生きろ」
深い緑の色が揺れる。小さく頷くと、少年は狂に言った。
「おねぇちゃんに、ごめんなさい、って伝えて。嫌な思いをさせて、ごめんなさいって」
「…言わなくても分かってる、アイツはそういうヤツだ」
くしゃりと彼の頭を撫でると、狂は灯に彼の事をもう一度頼み、ゆやのいる、自分の居場所へと戻っていった。
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