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2010年8月
昼間の酷暑とも言える暑さを残した夜の空気が、撩の身体に纏わり付いた。節約の為だと香にクーラーのリモコンを隠され、仕方なく撩はベランダに出て、タバコに火をつける。ふぅ、と紫煙を燻らせれば、生温い風に細くたなびいていった。
「あっちぃ」
この蒸し暑さに、万年二十歳の撩ちゃんも、さすがにまいっちゃいかもぉ、などと下らない事を考えていれば、背後から微かな石鹸の匂いをまとった気配が近寄ってきた。
ぴとっ。
その気配の悪戯に、撩が大袈裟に振り返る。
「どわぁぁ、なにすんじゃい、香ぃ!」
首筋に冷えた物を押し付けられ、びくり、と首を竦め軽く眉間に皺を寄せつつ振り返るが、悪戯の張本人・香は、楽しげに笑い撩の隣に立った。
「そんなに驚かなくたっていいじゃない。はい、ビール」
手渡されたそれは、良く冷えた缶ビールだった。たしか昼間に冷蔵庫を覗いた時は、なかった気がするが。
「夕方ね、美樹さんに呼ばれてCAT’Sに行ったじゃない?なんかね、景品が当たったからおすそ分けだって」
嬉しそうにそう言いながら、香は自分用の缶を開けた。ぷしゅっ、と小気味良い音がなり、一口喉に流し込む。
「昔はこんな飲み物の何がいいのかさっぱり分んなかったけどね〜。夏の暑い日とか、お風呂上りにちょっとなら、悪くないって思えるようになったわ」
「それは香ちゃんがおば…いえ、大人になったっちゅうことね」
チラリと覗いたハンマーに、撩が慌てて言い直す。タバコを指に挟んだまま、冷たい缶のプルトップを引き上げた。そしてゴクリとほろ苦いそれを飲み下す。冷えた液体が喉を潤し、ほんの少しだけ体温を下げてくれたような気がした。
「撩とこうやって並んで飲める日が来るなんてね」
クスリ、と笑った香を横目に見て、撩も口元を緩める。
「ま、どっかのバーとかじゃないのが、俺達らしいってか」
「そうかもね」
どこか楽しげに、呟くようにそう返した香が、ゴクゴクとビールを飲んだ。華奢な喉がそれにあわせて上下するのを、撩は見ていた。
「…っはぁ、美味しかったぁ。美樹さんに感謝しなくちゃね」
ニッコリ笑った香の唇に、撩が前触れもなくヒョイッと自分のそれを重ねる。ほんの数秒でその行為は終わったが、香の頬はアルコールのそれでない赤さに染まっていた。
「…ビール味のキス?」
「タバコも混じって苦いわよっ」
なにすんのよっ、と怒鳴りながら部屋に駆け込んだ香に、撩が小さく笑う。
「なんだ、香も言うようになったじゃねぇか」
そして手にしていた缶を空にすると、撩もゆっくりと部屋へと戻った。
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