CH拍手ログ
2010年5月
明るい日差しの似合わぬ男が公園のベンチに腰掛けているのを、ミックは見た。腰掛けているといっても、足を投げ出し、両腕を背もたれにダラリと乗せ、眼は眩しそうにぎゅっと閉じられている。
「何してんだ、こんな朝っぱらから」
近寄り呆れた声でそう言えば、さも鬱陶しそうに、相棒であるその男…冴羽撩は眼を開けた。
「太陽が眩しいぜ、ミック」
「あぁ、良い天気だしな。つーか、お前、酒臭い…香水の匂いも入り混じってる気がするが」
「いつものことだろ」
鼻で笑いつつ事も無げにそういうと、撩は再び目を閉じた。広い公園は穏やかな朝日を存分に受け、ジョギングや犬と散歩している人たちに清々しい風を運んでいた。
「酔い醒ましか?昨日はどのレディとしけ込んでたんだ?」
隣に座ったミックを見ず、撩はだらしなく、あー、と呟くと、指折りしつつ答える。
「ハンナだろ、ジョディ、マリーと…」
「分った、分った。もういい」
「んだよ、聞いたんなら最後まで聞けっつーの」
「相手が違うだけでやってることは同じだろうが。ったく…俺が言うのもなんだが、お前、女性を愛するってことを覚えたらどうだ?」
「残念、俺はお相手願う女には、いつも愛を注いでるぜぇ」
「嘘こけ」
ふざけているのか真面目なのか分らない相手に、ミックは苦笑した。
「撩ちゃん、全世界のもっこりちゃん全員分の愛を常に胸に秘めてんだけど」
ヘラヘラと笑いながらそういう撩に、はいはい、とミックは手を振った。なんだかんだ言って、自分自身も突っ込まれればそう言うしかない事ぐらいは百も承知だったので、その会話を早々に切り上げる事にする。
「…で、お前、日本にはいつ行くんだっけ」
「んー…明後日か?」
「こんな所で暢気に日向ぼっこなんかしてていいのか?狙われるぞ」
「べっつにぃ。そんな度胸と腕のあるヤツなんて、そういねぇだろ」
飄々と言ってのけるが、常に瞳の奥に闇を宿し、死の臭いを隠そうともしないその姿が、その言葉が強ち外れていない事を物語っていた。
「日本人の女性は、肌が綺麗だと言うな…生憎と俺はまだ未経験なんだよなぁ」
「ぐふふっ、楽しみだなぁ」
だらしなく相好を崩す相手に、ミックは口を開く。
「…また、会えるといいが」
「なんだよ、俺達に感傷なんて似合わねぇって」
「だな。あー、俺も日本に行って、運命の女でも探したいね」
「んだぁ?ミック、お前一人の女に縛られたいってのか?」
「撩はそう思わないのか?俺は…俺のファム・ファタールに会いたいね」
「俺にとってのファム・ファタールは、世の中の美女たちさ」
軽く口端を上げ笑いながら、ベンチからのそりと立ち上がる。
「…たった一人の運命の女なんて、俺にはいないさ」
どこか歌うように呟かれた言葉に、ミックは一瞬の間の後、さぁね、と一言返した。
――数年前の、アメリカでの出来事だった。
*******
「…なーにが、運命の女はいない、だよ」
眩しい五月の朝日を浴びながら、ミックは窓際に腰掛け道路を見下ろした。そこでは、かつて相棒だった男が、一人の女と、言葉通りじゃれ合っていた。
「こんな良い天気に、ビラ配りなんてやってられるかーっ!」
「だったら今月分のツケ、アンタの身体で払ってもらうわよ」
「えーカオリンったら、朝っぱらからダ・イ・タ・ン〜」
「えーと、あっちのお店のママは三日間の付き人でしょ、こっちのクラブは黒服でしょ」
「ってオイ、なんだよそのリストはっ」
「何って、撩のスケジュール。アンタ今日の夕方から忙しいわよ〜?」
「俺はそんなことやんねぇぞ!」
「じゃあビラ配りしてよ」
「やなこった!」
「…あら、そう。じゃあ…」
「ぅ…うわぁぁぁ!ゴメンなさい香様、その特大ハンマーだけは勘弁してぇぇぇ」
派手に響いた轟音に、ミックは苦笑しながら呟く。
「…ったく。俺より先に見つけやがって」
見下ろしていれば、やがて観念した男が、女に引きずられるようにして出かけて行った。
「ミック、コーヒーが入ったけど?」
「あぁ、すぐ行くよ」
背後から聞こえる愛しい声に、ミックは笑みを零しながら立ち上がり、窓を閉める。
――五月晴れと言うに相応しい、そんな日の朝の出来事だった。
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