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2011年4月〜花守〜
撩は一つ息を吐くと、胸にしまったパイソンを取り出した。弾倉から銃弾を抜き取ると、一言、何かを呟く。すると瞬時にそれは鈍く光る大鎌となった。それを壁にかけ下界で着ていた衣装を解くと同時に、パタパタと軽やかな足音がして、思わず口元に笑みが零れる。

「撩、お帰りなさい」

「おぅ香。腹減った」

「アンタねぇ。死神なんだからもうちょっと威厳ってものを保てないの?」

呆れたように腰に手を当てそう返す相手は、そう言いながらもちゃんと食事の用意はしてくれているのだ。

彼女…香は、桜の樹の精だった。生前の咲き誇った姿を、撩は今でも覚えている。

闇に紛れ、寿命の尽きた相手の魂をこちらの世界へと誘う死神として、撩は存在している。その宿命ともいえる使命のせいで、現の世でも下界でも、どこか孤独を抱えていた。香を初めて見たあの日も、一つの魂を取ってきた帰りだった。

あの、静かに舞い散る姿に、撩は目を奪われたのだ。桜などたくさん咲いていたし、どの樹の精も春を待ち望み一斉に咲き誇っていたけれど、不思議と惹かれるものがあった。それは、枝に寝そべり下にいる人間達を見つめていた、彼女の瞳の柔らかさのせいだったのかもしれない。

撩は惹かれるままに彼女の根元に立ち、静かに天を見上げた。視界に広がる桜の花が、緩やかに花弁を降らせる。撩の姿に気付いたのだろう、見られていることも知らず、桜の精はどこか楽しげに笑みを浮かべ、撩のためだけに花弁を舞わせてくれた。

それ以来、撩は仕事を終えたら、桜の姿を見に行くようになっていた。さすがにずっと見つめているわけにもいかないから、人に身を変え、女性をナンパしながらも彼女の視線を感じていた。何年もそうやっていたが、ある日、桜の命が終わる事を、撩は知った。きっと彼女も感づいていたのだろう。最後にと、精一杯の花を結んだのだ。

だから、彼女の魂を送る役目を、同じ仲間のミックにかわってもらったのだ。せめて最後に、彼女の咲き誇る姿を一緒に見たかったから。

「撩、ご飯食べる?先にお風呂にする?」

にっこり笑みを浮かべながら屈託なくそう訊ねる香に、撩は小さく苦笑した。威厳を保てといったその口で、どこぞの人間の、それも結婚したばかりの男女が言いそうな言葉を紡ぐ。

「あー、飯」

「了解。すぐに用意するから」

そう言うと香はパタパタと部屋を出た。その姿が見えなくなると、撩はまた一つ息を吐き出す。

本来なら、香は今ここにいていい存在ではない。死神によって運ばれた魂は、天へと還り次の生を待たねばならないのだ。撩もあの時、香の生が終わり、その魂となった彼女を腕に抱いた時、そうするつもりだった。だが、香はこう言ったのだ。

「どうせいつか生まれ変わるなら、撩の手伝いをしてからでも遅くないわ」

だから、自分は天上には行かないと。

「香、お前ね。俺は光の降り注がない闇の住人なんだぞ。樹の精がそんなところに墜ちるなんざ聞いたことねぇぞ」

「もうあたしは死んだんだから、正確には『元・桜の精』よ。それにアンタを一人にしといたら、余計な女性まで連れてきそうだからね。上の人には監視って名目で通せば、なんとかなるんじゃない?」

あっけらかん、とそう言ってのけた香に、撩は笑うしかなかった。それに、彼にそれを拒む理由はなかった。香がいれば…闇だけだった世界に、温かさが生まれる事を知っていたから。

「撩、食事の用意できたよ」

再び部屋へやってきた香に、あぁ、と撩は返し部屋を出た。食卓へ向かえば、美味そうな匂いが鼻をくすぐる。まさか死神としてこんな普通の人間のような生活をすることになるとは、本当に何があるか分からないものだ。

「そういえば、下界は春だったぞ。キレイな女の子も薄着になりはじ…」

「アンタ、不埒なことしてないでしょうね?」

ギロリ、と睨まれ香の武器であるハンマーがチラリと覗く。

「そそそ、そんなわけないでしょ香しゃまぁ」

「撩がいうと嘘臭い」

「たはは…」

他愛もない会話をしながら、あっと言う間に食事を終える。最後に香が淹れてくれるコーヒーも、すでに撩の生活の一部となっていた。

「桜、いっぱい咲いてた?」

ふと、零された言葉に、撩は頷く。

「ごめんね、あたし、もう桜の精じゃないから咲けなくて」

小さく聞こえた言葉に、撩は香の肩を抱いた。ふるり、と震えた温もりを落ち着かせるように、彼は彼女の柔らかな髪に口付けた。

「お前はもう、たくさん咲かせてくれてるさ」

そういうと、撩は香の額に頬に唇に、一つずつ口付けを落としていった。そして彼女の吐息が色づく頃、桜の花弁より紅い華を、その肌に咲かせたのだった。

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あきゅろす。
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