CITY HUNTER
4
硬い声色の一言に、香の身体が反応した。すかさずに彼女の背後から声の主の腕が伸び、その白い手首を掴み上げる。
「撩!」
「やぁ、リョウ。君のお姫様はどうした?」
わざとミックがそう言えば、目の前の香の瞳が揺れた。
「彼女なら、もう帰ったよ」
それが嘘であることは、ミックは百も承知だ。ロビーへ抜けるにはこの廊下を通る必要があるし、何より目の前の撩の気が乱れている。それも、滅多にお目にかかれないほどに。
ミックは小さくクッ…と笑うと、やれやれ、というように香の頬から手を離した。
「ミック。その花、花瓶に戻しとけよ。アネモネには毒があるんだ、お前も知ってるだろ」
「あぁ、知ってるさ。心まで奪う毒があるってね」
『…I will never give you.』
『I know.』
ニヤリ、と笑ったミックを見て、撩は顔を顰める。そして握ったままの香の手首を少し強引に引き寄せると、手首を拘束いていた右手を、彼女の肩へと回した。
「帰るぞ、香」
「え、でも」
「依頼は終わってるし、アフターフォローもこれまでだ。この先、彼女が俺たちに係わることは一切ない」
そうはっきり告げると、撩は香の肩を抱いたまま、ロビーへと足を運ぶ。
「待てよ、リョウ。おれを置いていく気か?」
「お前はタクシーで帰れ!香ぃ、撩ちゃん腹減った」
「えっ、ちょっとなんで会場で食べてこなかったの!?」
「そりゃカオリが気になって食事どころじゃなかったからだろ?それとも、食べたいものが手の届く所にいなかったか?」
ミックの言葉に、撩が、はぁぁっ!?、と叫んだ。
「ミック!お前マジで一人で帰れよ!」
「ミック、撩は食べれたらなんでもいいんだから、大方量が足りなかったのよ。それに撩…ミックはあたしたちに付き合ってくれたんだから、帰りも一緒でいいじゃない」
「そうだぞリョウ。お前、心が狭いなぁ」
「うるさいっ!別に俺は付き合ってくれなんて言ってない!」
「あぁ、そう言ったのはカオリだよ」
「ぐっ…お、俺は、認めてなかったのに勝手に話を進めたのは…」
「いや、あの場合はこうなるしかなかっただろ?」
「べ、別に他にもやり方はあっただろ!」
「アンタたち…ぎゃあぎゃあうるさい!」
言い争う撩とミックを、香はいつも通りハンマーで黙らせる。もちろん、周りの調度品等には配慮して、二人の顔にぴったりとめり込むサイズなので、いつもよりは小さめだ。
「ったく…仕方ないわね。撩、どうせこんな恰好じゃ服に気を使っちゃうし、家に帰ったらなんか作ってあげるわよ。ミックは一緒に帰るからね。分かった?」
「…チェッ」
「返事」
「はは、はいぃぃ!だからハンマーはしまってくれ!」
「よろしい。じゃ、帰りましょ」
ニッコリ笑って玄関へと向かう後ろ姿に、撩とミックは苦笑する。
「おまえ、カオリ泣かせるなよ。次あんな顔させたら、浚っていくぞ」
「…香は俺だけの花でいいんだよ」
撩は不敵な笑みをミックに向けると、香を追った。そして程なくして彼女を捕まえると、その腰を引き寄せ、周囲に…ミックに見せつけるようにして歩き出す。
「君を愛す…ね」
――己が抱いた恋心は、見事に儚く散ったけれど。
ただ一人の為だけに咲き誇り続けるその花を、ずっと見守っていこうと、ミックはひっそりと心の奥で誓ったのだった。
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