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CITY HUNTER
3
「カオリ…何を見ているの?」

ミックは長い廊下の中ほどに佇む香を見つけ、その傍に立った。

「あぁ…ミック。ごめん、勝手に動き回って」

僅かに愁いを帯びた笑みを浮かべた香に、ミックは柔らかい表情で香に尋ねた。

「いや、それはかまわないよ。これは…アネモネ?」

廊下には等間隔に一輪挿しの置かれた台があり、それぞれに花が生けられている。それぞれ花は違うのだが、香はその中で、赤いアネモネの前に佇んでいた。

「うん、綺麗よね。でも、悲しい花だわ」

香の言葉に、ミックは微かに眉を顰めた。いつも明るく溌剌とした印象の彼女が、今は憂いに身を委ねているように感じる。

「どうしてそう思うの?」

ミックの言葉に、香はそっとアネモネの花弁に指先で触れた。繊細な花弁をふるりと揺らし、香がふっ、と笑みを浮かべる。

「昔ね、神話を聞いたことがあるのよ。風の神が愛した女を、アネモネに変えてしまった話」

「そういえば、そんな話もあったね」

頷くミックに、香は続けた。

「酷いわよね。彼女が仕える女神と自分との平穏のために、愛した女をただの花に変えるなんて…彼女を、見捨てるなんて」

静かにアネモネを見つめる香の横顔に、翳りが差し込んだ。彼女は何をアネモネに重ねているのだろうか。

ミックはそんな、考えるまでもないことに苦笑を浮かべた。香の思い描く人物など、一人しかいない。

「カオリ。アネモネには別の神話もあるんだよ」

「別の?」

ミックの台詞に、ここにきて初めて、香の瞳が彼を捉えた。ミックは一歩踏み出し、香の触れていた花弁に、己の指を這わす。

「キューピッドの矢に当たってしまった女神がね、一人の美しい少年を目にして、恋をしてしまったんだ。だけど、その女神には恋人がいた。恋人は怒ってね、彼にイノシシをけしかけて、殺してしまったんだ。女神はその死を嘆いて、せめて一年の僅かな時だけでいいから自分の傍にいてほしいと、彼の姿を花に変えてしまった…それが、アネモネさ」

「でもそれって、矢に当たってしまって始まった、不幸な話だわ」

「不幸、かい?」

「だってそうでしょ?偽りの愛の犠牲だわ」

きゅ、と唇を結んだ香の指先に、ミックはそっと触れた。途端に、彼女はびくり、と肩を震わせ、逃げる様に手を引いて、拳を握りしめた。

「カオリには、どちらも偽りの愛に感じるのかい?」

「…そうね。そんな愛なら、あたしはいらない」

きっぱりと言い切る香の強い瞳は、ミックが彼女に恋をした時にみた、あの日の光を思い起こさせる。

「おれはそうは思わないけどね」

「あら、どうして?」

不思議そうにそう聞く香に、ミックは続けた。

「どんなに困難なことが起こっても、そして死が二人を別とうとしても。それでもなお、相手を自分の傍から離したくない、永遠にその存在を自分の傍らに置きたいという、その願いの姿がアネモネだと、おれは思うよ」

「永遠の愛、ね…愛に永遠なんて、あるのかしら」

香が独り言のように呟いた台詞に、ミックは答える。

「愛は永遠だよ…形は変わってもね」

そう告げたミックは一輪挿しからアネモネを抜き取ると、香の頬に手を当てて、その瞳に自分の姿が映るよう、彼女の顔をそっとこちらへと向かせた。驚いた丸い瞳に、自分の姿を見つけてそっと笑う。

「これは、おれの、君に対する想いさ」

そしてその一輪を、彼女へと差し出そうとした、その時。

「何をしている」

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