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CITY HUNTER
後日談 ver.2
〜風の傍に立つ者は〜


「Good morning, リョウ!」

爽やかな声色で背後から声を掛けられ、撩は横顔だけを背後へ向け、胡乱げな視線を流した。爽やかな青空に負けない爽やかさで声を掛けてきた相手は、顔を見る前から誰か分かっている。だが、無視するとその後も面倒なので僅かに視線のみを向け、そしてその彼が着ているシャツが目に入るや、撩は眉間に皺を作り、またぷいっ、と正面を見て煙草をふかした。凭れた手すりから眺める景色は、午前中の明るい光を纏い、軽やかな風が撩の髪を撫でながら吹き抜けていった。

「おいおい、せっかく親友が来たってのに、ずいぶんな態度だなぁ」

そう言いながらも撩の態度を気にするでもなく、相手は彼の横に並び、同じように手すりに凭れた。ニヤニヤと笑う横顔が憎たらしく、撩はそちらに向けてわざと煙草の煙を吐き出す。

「ぶわっ!!リョウッ!なにするんだよっ!」

思いっきり顔を顰めながら手で煙を払う相手に、撩はほんの少しだけ溜飲が下がり、次は青空に向けて煙を吐いた。

「…何しにきたんだよ、ミック。お前に用なんてないだがな」

「別におれもリョウには用はないんだけどな」

そう言いながらニヤリ、と笑った彼…ミックに、撩の横顔はあからさまに不機嫌な色を見せる。

「…“は”ってなんだ?」

「えぇ〜なんのことかなぁ〜」

わざとらしくはぐらかすミックに、撩は苛々と煙草のフィルターを噛み、彼を睨んだ。そんな撩に、ミックは内心でほくそ笑むが、それはおくびにも出さず、くるりと身体を反転させると、背中を手すりに預けて空を仰ぎ見た。チラチラと視界に入ってくるその色に、撩は顔を顰めながら身体ごと横に向き、ミックに背を向けた。

撩が不機嫌なのは、先日、ミックが香を連れ出してランチを共にしたからだ。二人でランチを楽しんだだけでも彼にとっては不機嫌になるのに十分な理由になるのだろうが、更にその時にミックが…というより、二人が着ていた服があまりにも似ていた事が拍車をかけていることは、一目瞭然である。

…ったく、カオリの事となると途端に余裕がなくなるんだからな。

だが、長年の性なのか、周りの人間には分かるのだが、肝心の香にはそこの辺りは伝わらない様だ。それに関しては、撩の自業自得な部分が大きいのだろうとミックは思っている。

「カオリが言ってたぞ」

「…何を」

「リョウにあのグリーンのシャツをダメにされたって」

「…チッ」

「なんでも、洗濯カゴに入れていたら、コーヒーこぼされたって電話で言ってたぜ」

「零しちまったもんはしょうがねぇだろ…ってか、いつそんな話してんだよ」

「えぇ〜お前のバスタイム中?」

撩は深く溜息を吐くと、ガシガシと頭を掻いた。香のスマホは時々こっそりチェックしていたが、いつの間にかミックの番号が登録されていたということか。
撩は香のスマホに登録されているミックの番号を着信拒否設定する算段を頭に思い描き、ふぅ、と細く煙を吐き出した。

「で、今はカオリが作ってくれるブランチを待ってるってとこ」

「はぁぁ?なんでお前がここでそんなもん食うんだよっ!」

ミックの言葉に、撩は、ぎゅんっ、と音がしそうな勢いで振り返ると、彼に詰め寄る。その瞬間に煙草の灰がチリチリと舞い、ミックが飛びのいた。

「オイッ!タバコの灰が落ちるだろっ!これお気に入りなんだから穴が空いたらどうしてくれるんだっ!」

「そんときゃ別の選んで買ってやるよ」

「断る。リョウのセンスなんて信じられん」

「大丈夫だって、どうしてもって言うなら知り合いのデザイナー先生に頼むし。そもそもお前にグリーンは似合ってないっての」

しれっとそう言う撩に、ミックはフンッ、と鼻を鳴らして、ついてもいない灰を払うようにシャツの表面を撫で払った。そして鼻歌でも歌うように撩に言った。

「いや〜今日は朝からカズエがいないって言ったら、優しいカオリが『じゃあウチにくる?』って。リョウと同じ時間になるからブランチになるけどって誘ってくれたんだよな〜」

この間のお礼だってさ、と楽しげにいうミックに、撩の眉間の皺が深くなった。目の前であの日のシャツを身に着けているミックが確信犯なのは撩もよく分かっているが、香を自分が気付かぬうちに連れ出され、自分の知らない所に行って二人で食事をしていたというのが全く以て気に入らない。そもそも香はミックに甘すぎるのだ、と撩は思っている。だいだいミックにはかずえという伴侶がいるのに、香にも執着を見せることが気に入らない。

「…はっ、お前も物好きだねぇ。香の飯なんて朝から食いにくるなんて」

いつものような憎まれ口が始まり、ミックは呆れたように撩を見た。香に対する想いなど、彼の中ではもう当の昔に溢れて零れてどうしようもなくなっているだろうに、未だにそんな事を言うのか。

「物好きでもなんでもいいさ、カオリの手料理が食べられるならな」

「…食べ慣れてないと胃薬がいるぞ、やめとけ止めとけ」

「なんだよそれ、おまえは食べ慣れてるからダイジョウブだって言いたいのか?悪いがおれも、おまえとカオリがパートナー解消してた間に、色々食べさせてもらってるんだけどな」

ミックの言葉に、撩は奥歯を噛みしめた。そんな彼を見て、ミックは内心で笑う。

「あ、あの頃より腕が落ちてるかもしれんぞ」

「時々、カズエにおすそ分けだって色々おかずを持ってきてくれてるから、いつも二人で楽しませてもらってるけど?」

「はぁぁ、そんなことまでしてんのかっ!?」

「クククッ…おまえ、知らなかったんだ。この間のチクゼンニ、美味かったよなぁ」

思い出しながらも涎を垂らしそうなミックに、撩は面白くない、とそっぽを向いた。香の作る筑前煮は、撩も意外とお気に入りの一品だが、それをよりにもよってミックに振る舞われていたとは。

「りょお〜、ミック〜、ご飯出来たわよ」

その時、屋上へと続く階段から、香の声が聞こえてきた。はぁい、と返事をしながらいそいそとそちらへ向かおうとしたミックの襟首を、撩が掴む。

「オイッ!なにすんだよバカッ、はなせっ!」

「…おまえ、この間のあの子、誰だよ」

撩は掴んだ襟首をぐいっ、と引き寄せると、ミックの耳元で囁いた。途端に、ビクッ、と動きを止めた彼が、ぎぎぎ…と首を回し、撩を見る。

「赤いドレスのセクシーなもっこりちゃんだったなぁ〜」

「お、おまえ…どこで見てたっ!」

「あ、図星だったぁ?」

「っ…ハメやがったな、リョウ…!」

撩の言葉に思わず反応してしまったミックが、悔し気に彼を睨んだ。実は撩が言ったことは、彼が直接見た事ではない。懇意にしている情報屋が、何気なく言ったことだったのだ。だが、ミックにとってはかずえに知られたくない、痛い話題だったのだろう。

「香〜、ミックは用事を思い出したから、飯は食っていけないってさ」

「おいっ、リョウ!」

「え?そうなの?」

階段を上がってきた香が、目を丸くしてミックを見た。否定しようとするミックの耳元で、撩が何やらボソボソと呟く。するとミックは苦虫を噛み潰したような顔になり、そしてガックリと項垂れると力なく笑って香を見た。

「…sorry, カオリ。大事な用を思い出してね。ほんとうに…ほんっとうにザンネンだけど、今日はこのまま帰るよ」

「あら、そう…だったら、持って帰れるように包むわよ?」

香の言葉にミックは一瞬、嬉しそうに相好を崩しかけたが、首を絞める様に回された撩の腕に力が入り、すぐにその顔を引っ込める。

「い、いや〜カオリの気持ちは嬉しいけどね、食べる時間がなさそうなんだ」

「あら、そう…じゃあ、また今度ね」

「あぁ、そうだね」

ミックが冷や汗を掻きながら香にそういうと、香の方も眉を下げながら残念そうに笑った。

「じゃあなミック、とっとと帰れよな。香ぃ、腹減った〜」

「あんたねぇ、朝から何にもしないでタバコ吸ってるだけでしょ。ちょっとは手伝うとかできないわけ?」

「えぇ〜、撩ちゃん、カオリンの美味しい手料理が食べたいんだもーん」

「…撩。あんたがそんなこと言うなんて気持ち悪いわね。もしかして、またツケ増やしたんじゃないだろうなぁ!?」

「ち、違うわっ!素直に言ったまでだろっ」

「それがあやしいって言ってんのよ!」

いつものように賑やかに階段を下りていく二人の後ろ姿に、ミックはぷっ、と噴き出すように笑うと、澄んだ青空を見上げる。そんな彼の髪を遊ばせながら駆け抜けていった風は、爽やかな新緑の気配を感じさせ、ミックは乱れた髪をそっと掻き上げると、去っていった風の後ろ姿に、小さく微笑みを浮かべたのだった。

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