CITY HUNTER
後日談 ver.1
〜緑の瞳に映るもの〜
「Hi, リョウ!」
アパートの屋上で煙草をふかしていたかつてのパートナーに、ミックは声を掛けた。面倒くさそうにチラリと視線を寄越した彼の顔が、こちらの姿を見るやイヤそうに歪んだのを見て、ミックはほくそ笑む。その顔が見たくてこの恰好をしているのだから、ミックとしては大成功であった。
「…んだよ。おれ忙しいから用がないなら帰れ」
口に咥えた煙草のフィルターを苦々しい顔で噛んでいる撩の隣にミックが並ぶ。そのまま天を仰ぎ見れば、空は抜けるような青空で、爽やかに吹く風が、二人の髪を撫でて去っていった。
「ざんねーん。カオリに呼ばれたついでにリョウの顔をおがみにきただけだよ。カオリとの用事が終わらない限り、おれは帰れないし帰らないの」
「…用事ってなんだよ」
「…フフ〜ン、気になるぅ?」
くるり、と手すりに背を預け、手すりにもたれている撩の顔を覗き込むミックのにやけた顔に、撩は遠慮なく煙草の煙を吹き掛けた。
「ぶぇっ!!…なにすんだよ!」
ミックは顔を思いっきり顰めると、両手で顔の前を大げさに払った。
「うるせぇなぁ…はぁ、もっこりちゃんも歩いてないし、もっかい寝てこよっかな…」
撩はミックが視界に入らない様に、身体を半分起こして彼に背を向ける様に手すりに側面を預け、煙草を傍らに置いていた灰皿に押し付けながら溜息を吐く。
「あぁ、そうしろそうしろ」
「…えらく嬉しそうだな」
ミックの楽しげな声に、撩は眉を顰めて顔だけを彼に向けた。
「キニナル?」
「べっつにぃ〜」
ミックの悪戯な表情がますます気に入らず、撩はそっぽを向いてわざとらしく欠伸を一つすると、首を軽く振る。そしてのっそりと手すりから身体を離した。
「ったく、野郎とおしゃべりなんてぞっとしねぇな。これなら夢でもっこりちゃんと会ってる方が何倍も楽しいぜ〜」
ぐふふ、と相好を崩した撩に、ミックも同じように、ぐふふ、と笑う。
「よぉーっし!おまえという邪魔者がいないなら、おれもなんの気兼ねもなくカオリとラブラブできるぞっ!さぁて、今日も香は可愛いし、よしっ!この間はハンマーに阻まれて行けなかったが、これから二人で目くるめく愛の世界へ…」
「はぁぁぁ!?な、何言ってんだおまえ!」
ミックの言葉に立ち去ろうとしていた撩が振り返り、思わず彼の胸倉を掴む。だがミックの何かを見透かすような瞳を見てすぐに自分が失態を犯したと気付き、撩のその手は離された。
「おいおい、おれのお気に入りのシャツなんだから、乱暴にするの、やめろよな」
ミックは胸元をわざわざ見せつける様にして手で皺を伸ばすと、目を眇めて撩を見た。ぐっ、と言葉に詰まる撩に、ミックはニヤリ、と笑う。
「なんだよ、リョウはもう一回寝るんだろ?おれはこれからカオリ手作りのブランチだからジャマすんなよ?」
よ?と言いなが身を乗り出して至近距離で撩の顔を覗き込んでやれば、彼の瞳が緑に染まる。ミックはそれが楽しくて仕方なかった。
昔、死神と呼ばれた男が瞳を緑に染めてまで求める女は、男を誰よりも愛しているけれど、かつて彼女に愛を捧げようとした男にも慈悲を向ける。そうやって二人の男を翻弄するくせに、女はどこまでも無自覚で、そしてどこまでもキレイで軽やかな、風のような人だとミックは思う。彼女は誰よりも無邪気で真っ直ぐな眼差しを男に向けながら、柔らかく暖かな光を身に纏って常に彼の傍に立ち、そのしなやかな腕で死神を抱きしめて、一人の幸せな男にしてしまった。ミックにはそれが眩しくて、そして嬉しくて、ほんの少しだけ、羨ましかった。
「ぁ…あ〜そういや撩ちゃんも腹減ってるんだった〜。仕方ないからおまえのブランチに付き合ってやるよ」
「じゃあ、リョウの分は寝室に運んでやるよ!食べたらそのまま寝られるし、夢の世界でおまえ好みのもっこりちゃんとデートでも何でもやってこいよ。おれはカオリと二人っきりで愛のこもったブランチを楽しめるし、まさしく、win winってやつだ」
「や、ベッドで食事とか、香にハンマーされるから」
「そこはおれが上手く言いくるめてやるって、まかせろ!」
「…」
そこでまたしても言葉に詰まった撩の背後から、明るい声が聞こえてきた。
「ねぇ、二人とも!仲良くおしゃべりもいいけど、ご飯できたわよ!」
「誰が仲良くしてるんだよっ」
「あぁカオリ、ありがとう!リョウは一人で寝室で食べたいそうだよ」
「誰もそんなこと言ってねぇだろうがっ!」
取っ組み合いの喧嘩になりそうな二人を見て、香は大きく溜息を吐くと、両手にハンマーを召喚させた。
「…ここで今からハンマーの下敷きついでに簀巻きと、大人しくご飯と、どっちがいいかしら?」
「「もも、もちろん、ご飯です」」
「よろしい…ほら、早く降りてきてね。あ、手もちゃんと洗ってよ」
ニコリ、と笑った香が階下へと降りていく後ろ姿を見て、二人は同時に頭を掻く。
「ま、今日はカオリに免じて、おまえもブランチに混ぜてやるよ」
「ここはおれの家だっつーの。おまえがもっと遠慮しろ」
「まぁ、そう言われればおれももうちょっとエンリョするべきかもなぁ…似てるってだけで、カオリのグリーンのシャツ、こっそり捨てる位はおれにシットしてるみたいだしぃ?」
そう言いながら、身に着けていたグリーンのシャツの胸元辺りを軽く摘んでヒラヒラさせているミックの言葉に、撩は静かに腰に差していたパイソンを抜くと、ミックに銃口を向けた。撩のこめかみがピクピクと動いているのを見て、やり過ぎたか、とミックは急いで香の降りて行った階段へと駈け出す。
「てめぇミック!待て!今日と言う今日はおまえの額に風穴開けてやるっ」
「フンッ!やれるもんならやってみろ!」
べぇ、っと撩を揶揄うように舌を出したミックに、撩のこめかみが青筋を立てながらピクピクと動いた。
「カオリ〜!リョウに襲われる〜!タスケテ〜!」
「おまっ、何言ってんだよっ」
「二人ともうるさい!とっとと降りてきなさい!」
「「は、はいすみません!」」
香が怒鳴る声に、二人は敬礼をせんばかりの勢いで返事をすると、お互いに顔を見合わせ苦笑しながら、駆ける様に階段を下りていく。
――そして賑やかな食卓で更に撩を揶揄ったミックと、それに煽られて食事中にパイソンを抜いた撩の二人に、ハンマーがお見舞いされるまで、あと少し。
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