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CITY HUNTER
4
ミックの言葉に香は彼を見た。香を見つめるミックの視線に、どこか胸の奥が締め付けられるような気持ちになり、息を呑む。だがそれを振り払う様に、香は首を振った。

「ミック…人の歴史に“ if ”なんてないわ」

香はそう返すと、カップに目を落とした。両手の中で少し冷えたカップの中には、ゆらゆらとミルクティーが揺れている。

「あたしはリョウと巡り会って、だからあなたと出会えたの。そしてミック、あなたはかずえさんっていうかけがえのない人を見つけたんでしょう?それが答えで、全てじゃないかしら」

「じゃあ、この先、もしカオリがリョウに愛想を尽かせたら、どう?」

「…未来の事は分からないけど、どちらかというと、撩の方があたしに愛想尽かしちゃうんじゃないかな。でも…」

そこまで言うと、香は視線を上げてミックを真っ直ぐに見た。

「あたしの中にあいつの元から去るっていう選択肢は、きっと最初から、どこを探してもない」

そう言い切った彼女の強い瞳は、ミックが香に強烈に惹かれたそれと同じ輝きを放っていた。あぁ、そうだ。香にはこの光がよく似合う。これこそ、初めて本気で惚れた女であり、己を死の淵からすくい上げてくれた女神の姿だ。

「…どうやら愚問だったみたいだね…でも、リョウがカオリを手放すことも、それと同じくらいないと思うよ。いや、それ以上、かな」

ミックの言葉に香は目を丸くすると、小さく笑った。

「さぁ、どうかしらね。だって何かにつけて小言はうるさいし、ハンマーだって簀巻きだってするし」

まぁ、それがあたしだからしょうがないんだけど、と笑う香に、ミックも笑った。

「でも、ハンマーも簀巻きもカオリの愛だろ?それもキョーレツな、ね」

「ふふふ、どうかな」

二人で笑いあうと、ミックはカップに残っていた紅茶を飲み干して立ち上がった。少し前から感じていた、店の前の道の向こう側から発せられる殺気にも似た気配が、そろそろ痺れを切らせ店に入ってくる頃だろう。ミックはほくそ笑むと、香の分の伝票も手にする。

「さてと。おれはそろそろ失礼するよ」

「待って、ミック。行くならあたしも一緒に帰るわ。それに自分の分は自分で払うから」

慌てて立ち上がろうとした香を制し、ミックはウィンクした。

「いや、カオリはもう少しゆっくりしていきなよ。カオリと話してたらカズエに会いたくなったから、おれは先にお暇するけどね。これは、楽しいひと時のお礼だから気にしないで」

そういうと、後ろ手に手を振りながらミックは去っていった。きっと甘いケーキを片手に、愛しい人とゆったりとした時を過ごすのだろう。香はそれを想像して、ほぅ、と息を吐きながら微笑みを浮かべた。そしてすっかり冷めてしまった甘いミルクティーを飲み干した後、頬杖をついて外の世界へ目を向ける。色づいた葉を、ひらり、ひらりと舞い散らせる光景は、とても穏やかで美しいと香は思った。そしてそこには、もう寂しさは見えなかった。

――その少しあと、彼女は迎えに来た不機嫌な男に手を引かれ、秋の風景に溶け込みながら家路を辿っていった。

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