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CITY HUNTER
1
「…美味しい」

香は小さく呟くと、ほんの少しだけ口元に笑みをのせた。暖かくて甘いミルクティーが、彼女の心に染み渡る。
この店は、以前にも一度来たことがある。その時も季節は秋で、香の事を誰も知らない町で一人になりたいと、たまたま訪れた場所だった。結局その時は撩に早々に見つかり、発信機のない服を確信犯的に着ていた事がバレて、その日の夜は大変だった。更に、それまでは衣服に取り付けられていただけの発信機が、高性能になった上にそれ以外の小物等にも取り付けられているようで、常に撩の目の届く状態になっているらしい。ただ、それを窮屈だと思わなくなっている、むしろ少し喜んでいる事に、香自身、相当撩にやられているのだろうと自覚はしていた。

それでも。

香は時々どうしようもなく思考がマイナスになる瞬間がある。前回の時もそうだが、特に何かあったわけではない。いつものように朝起きて、いつものように掲示板を確認して。違ったと言えば、相変わらず続けられている撩のナンパが、珍しく成功したところを見てしまったこと位だろうか。

――自由恋愛――

いつだったか、撩に言われたその言葉が、香の脳裏に浮かぶ。相手が同意して撩もその気であるなら、香にそれを邪魔する権利など、あるのだろうか。
美樹辺りにそんなことを零せば、

『恋人なんだから当然でしょ?』

と、言うだろう。そして、店にきた撩を責めるのだ。香はそんな展開が見えていたから、今日はここへきたのかもしれない。

恋人には、なったんだろうと思う。もう何度か夜を重ねたし、以前の様に香の女の部分を必要以上に貶めるような事も撩はあまり言わなくなった。二人の時は、分かりやすく甘えてくるし、優しくもなった。

だけど、と香は思う。あの撩が、香一人で満足できるのだろうか。香の中で、その答えは揺れていた。ナンパは情報収集の一環だし、夜這いも依頼人の気持ちを解すためのポーズなのだろうと思えば、ずっと傍にいられる香は特別なのだと思う。その反面、ではその特別とは、なんなのだろうかと考える事も多い。明らかに香よりも経験値が高いあの男が、香一人で満足しているのかと問えば、それは否、なのではないかと思う事もあった。そもそも、香がいなければ、きっと一時の逢瀬だろうと見目麗しいパートナーだろうと、彼なら選り取り見取りのはずなのだ。そして…その数多の女性に比べたら、香が撩にできることなど、ほんの僅かなのではないだろうかと思う。

優しい甘さを包み込む暖かなカップを両手ですくい上げるように持ち、外へと目を向ける。色づいた葉が、ひらり、ひらりと舞う風景は、どこか寂しい気持ちを誘う。香が思わずため息を零した、その時。

ガタン、と香の正面の椅子が引かれる音に、香は沈み込んだ思考を中断し、そちらへと顔を向けた。

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あきゅろす。
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