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CITY HUNTER
9
撩がハナを送った病院から戻ると、教授達が突貫工事並みのスピードで作った薬を投与された香が、静かにベッドに横たわっていた。明るい陽射しの差し込む部屋で眠る香の傍らに、撩は腰掛ける。そっと前髪を指先で梳くと、ゆっくりと瞼が揺れて持ち上がった。

「お帰り、撩」

「あぁ、ただいま。気分はどうだ?」

「うん、もう随分良くなったわ。お腹も空いてきたし」

香の言葉に、撩が笑う。前髪を掬ったその流れで香の頬にあてられていた撩の手に、香が掌を重ねた。

「ごめんね、今日、撩の誕生日なのに」

「なんで謝るんだよ」

「だって、結局プレゼント、用意できなかった」

悔し気に唇を尖らせた香に、撩が苦笑する。そして重ねられた手を取るとそのまま布団の中に入れながら、撩は答えた。

「いいんだよ、おまえが生きて、こうして傍に居られれば」

「でも…」

なおも渋る香に、撩が一つの提案をした。

「じゃあさ、香の誕生日に、一緒にしちまえばいいんじゃね?」

「あたしの?」

「どうせそんなに日も変わらないし、教授の話だと、明日にも退院できそうだしな」

「ん…そうね。でもあたし、別に何もいらないんだけど」

「生きて一緒に過ごす、だろう?」

ニヤリ、と上げられた撩の口端に、香も明るく笑う。

「うん!」

「じゃあ、今日一日は、大人しく寝てろよ。ここにいるから」

そう言って香の頭をくしゃりと撫でると、綻んだ香の顔に、撩も頬を弛めた。

香の回復は早く、薬を投与されて半日ほどで熱は下がり、教授の言葉通り、翌日には家に帰れるようになった。回復が早かったのは、香の体力以外に、元々打たれた物の毒性がかなり弱かった事にも起因するだろうと教授は笑う。ただ撩だけは、素直に笑うことが出来なかった。
毒性は、おそらく意図的に弱められていたのだろう。それは、香が確実に、死なないための工作だ。つまり、少なくともあの男は、香にそれだけの価値があると踏んでいた。万が一、自分に何かあったら…そう思うと、撩は奥多摩で誓ったあの言葉を、もう一度噛み締める。自分は絶対に死なないし、香も絶対に守り通す。この先、何にかえても。

撩はふと、今回の依頼で心に刻んだ詩を思い出した。千年の昔、かつてこの国にいた一人の男と、今を生きるの自分の心がリンクする。撩と香は身体ごと繋がったわけではないが、その心は誰よりも、そして何よりも重なっていると感じる様になって、撩は香を置いて逝くことが怖くなっていた。そして、香が自分を置いて逝くことが、何よりも苦痛であることを知った。もし彼女がいなくなれば、自分は、きっと。

「教授、お世話になりました。かずえさんも、本当にありがとう」

「もっといてくれてもいいんじゃぞ、香君なら」

「教授、あたしのお尻に言うのは止めてもらえませんか?」

ハンマーを召喚しながらニッコリ笑う香の正面には、同じく笑っていない目で微笑むかずえが、教授を見ている。

「冗談、冗談じゃ」

冷や汗をかく教授に、やれやれ、とハンマーを仕舞うと、香はかずえに笑顔を向けた。

「かずえさん、今度晩ごはんでも食べに来て。もちろんミックとね!」

「なんでミックがくるんだよ」

香の言葉に顔をしかめた撩の腕に、香が腕を絡める。

「もう…今回はミックにもお世話になってるでしょ、情報収集とかで。だからその報酬よ」

「あいつにはバーで奢ってるからもういいんだよ!」

「それはあんた個人ででしょうが。あたしは何もしてないもん」

「香さん。冴羽さんは香さんとの二人の時間を、ミックに邪魔されたくないのよ」

「いや、かずえ君なら大歓迎なんだけど」

「こう見えて、私はミック一筋よ」

「ふふふ、かずえさん、ご馳走様!」

「あらでも、香さんの手料理は楽しみだから、いつでもお呼ばれ待っているわ」

「えぇ、約束ね」

「そうね、約束、ね」

楽しげに笑い合う女性たちに、撩と教授は目を細めた。そして二人はもう一度恩人たちに頭を下げ、その場を後にした。


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