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CITY HUNTER
8
海坊主の運転するジープが教授の屋敷に到着する頃、教授とかずえはパスワードを無事入手し、ピルケースに入っていたSDカードから、データを取り出していた。やはりハナの両親が持っていたものは、現在、某国が開発している生物兵器に対する、ワクチンと治療薬のデータだった。それが完成・流出しては困る勢力が研究所にスパイとして入り込んでいることに気付いた夫妻が、極秘裏に持ち出し、然るべき機関に持ち込む予定だった。だが、それに気付かれた為、やむなく彼らはデータを隠し、密かに娘に託していた。ただ、バックアップの一つを隠滅することが出来なかったため、今回のような事態を引き起こしてしまったのだ。

撩は香を診察室のベッドに横たえた。移動途中にどんどん具合が悪くなったようで、今は熱が出ているようだ。幸い、そこまで高熱というわけではないので、まずは脱水症状を防ぐ手段を取って、安静にしていた。その間に教授とかずえがデータの解析と薬の作成を行ってくれている。

薄く香の瞼が開いて、撩は彼女の額に手を当てた。

「気分はどうだ?」

「んー、大丈夫。ハナちゃんは?」

「ここに、います」

ハナが香の傍に寄って、その手を握る。香は弱々しく笑った。

「ごめんね、ハナちゃん。怖い思いをさせて」

「そんなこと…私こそ、もっとしっかりしていたら、香さんをこんな目に合わせることもなかったかもしれませんし…こちらこそ、すみませんでした」

そういって頭を下げたハナの手に、香がもう片方の手を重ねる。

「ご両親が大変な目にあっているのに、ハナちゃんまで頑張らなくてもいいのよ。頼れる時は、誰かに頼らなきゃ、ね?」

「でも、私がちゃんと両親の言葉を聞いていれば、パスワードはすぐにでも分かったかもしれないのに…」

「そんなことないわよ。そういえば、パスワードって何だったの?」

ふと、香は撩を見てそう尋ねた。あぁ、と二人のやり取りを聞いていた撩が口を開く。

「百人一首だよ。ハナちゃんのペンダントのエンコードは、和歌の5・7・5・7・7の、最初の5にあたる言葉だったのさ」

「最初の5?」

異口同音に尋ねる二人に、撩が笑いながら説明した。エンコードを解析したら、ハナの父の言葉で『君がため』と入っていたらしい。そこでハナがよく話していたと言った百人一首を見てみると、その句から始まる和歌は、100首のうち、2首あった。

「あたしもちゃんとは覚えてないけど…あいつが言ってた、光孝天皇はそのうちの一つを詠んだ人だっけ?」

「あぁ、そうだな。もう一人が50番目の藤原義孝。どちらも想い人への愛を詠ったものだが、どちらかがダミーで、どちらかが本当のパスワードだった。そのどちらかのヒントが」

「あのピルケース、ですね?」

ハナの言葉に、撩は頷く。

「蓋に刻まれた15の文字と、中にあったあの手紙。愛は時に偽る…常備薬を入れる様にと渡されたものなら、君を思っての贈り物だろう?その愛情の塊の中に、偽り、となると、その15…つまり、15番目が偽り、ダミーということなる。だからあの時、15番目である光孝天皇の方を入力してしまったあいつらは、持っていたデータを全て消去してしまったってわけ」

「じゃあ…もう一人の和歌が、本当のパスワードだったんですね」

「でも、どんな詩だったかなぁ」

熱に浮かされた潤んだ瞳でそう呟いた香に、撩がその詩を口にした。

「…君がため 惜しからざりし命さへ ながくもがなと 思ひけるかな」

「そういえば、それ、父が母によく言っていたかも…」

ふと、ハナの脳裏に二人がにこやかに語り合う姿が浮かぶ。もう二人ともいい歳なのに、いつまでも仲が良くて娘の彼女も呆れるほどだった。だからといって、こんな大事なことに使わなくても…と溜息を吐く。

「なんだか…二人の仲がいいのを見せつけられたみたいで、娘としては複雑です」

「おれは、あの和歌の中には、君もいるんだと思うけどな」

撩の言葉に、ハナは意外そうな顔をした。そんな顔をみて、撩は続ける。

「確かにこの和歌は、初めて心の底から恋しいと思った女性が出来た男が、彼女と一緒にいるために、今まで惜しくないと思っていた命を、少しでも長く生きたいと願ったものだが」

そう言って、撩は一旦言葉を切ると、香を見た。穏やかに笑みを浮かべる彼女と視線が絡まり、撩も笑みを浮かべる。

「きっと、君のお父さんは、お母さんとの間に君という存在を得て、更に強くそれを思ったんじゃないだろうか。心の底から愛した人との間にできた君と言う存在を、命に代えても守りたいけれど、一緒にいられる限りは、より長くその姿を傍で見守っていきたいという、願いのように、おれは思うよ」

ぐっ、と唇を噛みしめるハナの背中を、香は熱を押して起き上がり、優しく撫でた。

「ご両親、きっともうすぐ、目を覚まされるわ」

香の言葉に、ハナはぽろぽろと涙を零す。香は柔らかな眼差しで彼女の背をゆっくりと、あやす様に撫で続けていた。そんな香の姿を暫く見つめていたが、やがて撩は静かに立ち上がり、香の病室を出る。

「君がため…か」

そして廊下の壁に背を預け窓の外を眺める。その視線の先には、もうすぐ満開の桜の花が、ライトの灯りに照らされて、白く闇夜に浮かんでいた。

翌朝、ハナの両親が入院している病院から、二人が目を覚ましたと連絡が来た。依頼は昨日で完了していたが、念のため教授の屋敷に撩達と泊まり込んでいたハナは、そのまま撩に送られて、両親のもとに駆け付けた。そしてその場で、この三日間にあった事を伝え、大事なデータは然るべき機関に無事届けられたと告げた。目を覚ましたばかりの両親とハナに負担を掛けないよう、撩はその姿を見届けて、病院を後にする。きっとあの三人なら、この先もずっと、お互いを思いやり、そして手を取り合って生きていくのだろう。

「さて…と。ちょっくら槇ちゃんとこ、行ってくるかな」

撩は独り言ちると、一度彼らがいるであろう病室の方を仰ぎ見て眩し気に目を細め、クーパーに乗り込んだのだった。


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あきゅろす。
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