CITY HUNTER
7
香の囚われている屋敷の前までくると、海坊主はジープを止めた。海辺の崖の上に建つその屋敷は、庭も含めてかなり広い。発信器の電波の状況から、地下ではないことは分かっているので、自然と撩が建物の上部、地下の捜索は海坊主となった。
車を止めた海坊主が、後ろに積んでいた重火器類を取り出す。撩はそれを見て呆れたように言った。
「相変わらず、やる事が派手だなぁ」
「雑魚なんぞチマチマ相手にしてられん」
そう言うや、出入り口から出てきた敵を、肩に担いだ武器で吹き飛ばしていく。轟音に無情に散らされていく敵を見て、あららー、と呟く撩がパイソンを抜く暇もなく、一階は片が付いてしまった。
「撩、雑魚は置いていけ」
「わりぃな、海ちゃん」
「そう思うなら、とっとと香を連れ戻してこい」
「分かってるって」
そう言うと、撩はパイソンを片手に、豪華な装飾の階段を駆け上った。
その頃、香は一階で鳴り響く轟音を耳にして、撩が助けに来たことに気付いた。
「貴女のお仲間がきたようだね」
独特のなまりのある日本語でそう言われ、香は相手を見た。男装中だったが、結局すぐに女であることとシティーハンターのパートナーであることがバレてしまい、現在はこの男の前で大人しく手を拘束されている。足は繋がれているわけではなかったが、常に銃を向けている男の部下がいるため、下手な事はできなかった。
「本当は、貴女ではなく、依頼人である森田ハナを連れてくるように言ったのですが…貴女も十分に利用価値がある。むしろ、このデータのパスワードを手に入れたら利用価値のなくなる人間より、貴女の方がよっぽど価値が高い」
男は香の顎を掴んで彼女の顔を無理やり上げさせる。肌蹴てさらしが覗く胸元に指を掛けながら告げる男を、香は睨み付けた。
「あたしにどんな価値があるのかは知らないけど、撩がパスワードを持ってくるって考えてるならお門違いよ」
「そうでしょうか…彼なら持ってくると思いますよ。貴女はもっと、この世界における自分の価値を知るべきだ」
そう言って、男は香の頬を撫でた。ぞくり、と冷たいものが背中を走り、香はとっさに顔を避ける。そんな彼女を楽しげに見ると、男は傍らのテーブルに置かれたケースから、注射器を取り出した。
「さて…貴女は私達が何を欲しがっていたか、聞いていますね」
「あたしが知ってるのは、あんた達が大事なシティーハンターの依頼人を苦しめてるってことだけよ」
そう言って更にきつく睨み付ける香に、男は笑った。
「なるほど…では、この中身は何か、分かるかな?」
「分かるわけないじゃない」
睨み続ける香の白い腕を、男がやや強引に掴んだ。
「痛いだろっ!離せ!」
「冴羽がきましたね」
その言葉通り、鍵のかかっていなかったドアが勢いよく開くと、そこに撩の姿があった。パイソンを構え、撩は部屋の中の状況を、瞬時に見取る。部屋には銃を持った男が二人と、香の腕を捉えている男が一人。そして、手を拘束され、腕を強引に掴まれて顔を歪ませている香と撩の視線が絡んだ。
「…で、おれのパートナーに何の用があったんだ?」
「彼女ではなく、貴方が握っている、パスワードを知りたい。もっと言えば、二つまでは絞り込んでいるんだが」
「へぇ」
「Encode…と言えば分かるだろう、君には」
撩は小さく舌打ちすると、ホールドアップしてみせた。おそらく、相手の男は、あのペンダントトップを作成した時の秘密を、どうやってか手に入れたのだろう。そして、データはバックアップを盗み出しでもしたに違いない。
銃を持っていた男たちが、撩のパイソンを奪った。香の顔に緊張が走るが、撩の瞳を見て、静かに時を待っている。
「で、おれがその答えを持ってきたと?」
「あぁ。もちろんだとも。もしそうでなかったとしたら、ここで貴方の大切なパートナーが死ぬだけですから」
男はそう言うと、手に持っていた注射器を、香の腕に突き立てた。突然の痛みに香は身を捩るが、男はそのまま、中身を彼女の体内に押し込んでいく。
「香っ!」
「ぃたぁっ…!」
そして空になった注射器を投げ捨てると、男は撩に顔を向け、口端を歪めた。
「パスワードを渡し給え。データさえ解除できれば、彼女を助けるための薬も、ワクチン開発の為に必要な情報も手に入る。だが、それがなければ彼女は明日にでも死ぬぞ」
その言葉に、香は目を見開いた。だが、一つ息を吐くと、真っ直ぐに撩を見る。
「撩、あたしは大丈夫よ」
「あぁ、分かってる」
そう言うと、撩は胸ポケットを探るよう、銃を向けていた一人に言った。言われた男は直ぐに彼のポケットに手を突っ込み、ピルケースを掴みだす。そしてそれを香の傍にいた男に見せた。
「既に二つに一つなら、それを見れば分かるだろう?」
「素晴らしい…光孝天皇ですね」
ピルケースには、数字の『15』が刻まれている。男はスマートフォンを取り出すと、何処かへ連絡しているようだった。
「ありがとう、Mr.サエバ。君にはもう用はないよ」
男は冷たい笑みを浮かべるとそう言った。だが、撩はそれを見て、口端を上げる。
「あぁ、おれにもあんたに用はないな」
そう言うが早いか、銃を構えていた男の一人を素早く殴り倒し、銃を奪った。そしてもう一人に奪った銃を発射し、昏倒させる。余りの速さに、二人は成すすべもなく倒され、そして撩は取り戻したパイソンを、香に牙をむいた男に突きつけた。
「形勢逆転、だな」
「バカなことを言うな!彼女を助ける術は、私しか持っていないんだぞ!」
「それはどうかな」
撩がそう告げたその時、男が先ほど何処かへ連絡していたスマートフォンが鳴動した。撩から目を離さずに着信を受けた男の顔が、驚愕に歪む。
「…なんだと?なぜデータが消えていくんだ!?」
「これで、おまえが香を助ける術など持たないってことが分かっただろ?だから、香は返してもらう」
「撩っ!」
香は男を身体ごとぶつかって突き飛ばすと、撩の胸に飛び込んだ。撩はその身体をしっかりと抱きとめ、そして男のこめかみに向けて銃弾を撃ち込む。皮膚を掠め血を迸らせながら後ろに倒れる姿を見る事もなく、撩は香を抱き上げてその部屋を出た。
「海坊主!そっちはどうだ?」
撩は香を抱えたまま階段を駆け下りると、丁度そこにいた海坊主にそう尋ねた。海坊主が向かった地下には研究室があり、先ほど、ボスがやり取りしていたラボがそこであったと分かった。
「証拠になりそうなものは残してある」
「要するに、それ以外は徹底的に潰してきたのね…」
そう苦笑する撩に、海坊主は続ける。
「どうせ冴子がいつかの公安の人間を使ってもみ消すんだろう?それより、教授の屋敷に急ぐぞ。香、大丈夫か?」
少し顔色の悪くなり始めた香を気遣う海坊主に、香は微笑んだ。
「海ちゃん、運転頼むぜ。てか、おれが運転しようか?」
「お前は香の面倒でも見てろ!」
そう叫ぶと、海坊主はジープに向かって走り出す。撩も小さく笑うと、香を抱え直し、彼の後に続いた。
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